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一葉さん

2016年9月20日 (火)

『縮刷 一葉全集』  馬場孤蝶編 博文館 1925年刊

 今から90年ほど前に出た1冊本の全集で、縦18センチ・幅10センチ・厚さ4センチの小さな判型ながら、1256ページもある。内容は日記・小説・通俗書簡文・随筆と、全集の名にふさわしい。もちろん古書で背の色は褪せているが、触って壊れそうなほど酷い状態ではない。またかなり出回った本なので、古書としてそんなに高価でもない。
 
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 もともと明治45年に出た2冊本の全集を縮刷したもの。このときの売りは、「一葉の日記が公刊された」ということだった。小説だけの全集は、一葉の死後すぐに出ていて、校訂は斎藤緑雨である。
 一葉自身は明治29年に亡くなったが、日記はずっと妹の邦子が持っていた。早くから本にしたいという意向があったらしいが、日記にはさまざまな人のことが書かれており、悪口としか言えない内容も多い。孤蝶は日記を出すにあたって、関係者にいちいち了承をとってまわった。そのあたりのことも含めて、後書きにあたる「一葉全集の末に」に思い出話として書いている。要するに「日記は一葉の主観なので、それが真実とは限らない。一葉は優れた作家で、この日記は時代の証言としても意味があり、埋もれさせるわけにはいかないのだ」云々。
 馬場孤蝶は1940年まで生きて、英文学者として周囲の人に慕われたそうである。この後書きを読むと、しみじみそうだろうなあと感じる。
 
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(見返しの絵がモダンで、まるで私の住む団地みたいです)
 

2016年9月 1日 (木)

『和本のすすめ──江戸を読み解くために』  中野三敏 岩波新書

 私にはわりに難しい本で、以前に一度読み始めたが中断、今回は1週間ほどかかって読了した。中味が濃いのである。筆者は和本とはどんなものなのか、その内容から外見まで、遺漏なく書こうと意気込まれた様子が、読んでいて切々と伝わってくる。文章がとてもいいので、読み進むにつれて興味をそそられ、得るところが多かった。
 和本を読むにはくずし字、つまり変体仮名と草書体漢字を知らなければならない。ところが戦後教育を受けた私には、ほとんど読めない。現在の教育でも、英語ばかり熱心で、国語の時間はむしろ減っているらしい。古典・漢文が必修ではなく、選択科目になっている高校もあると聞く。政府は愛国心教育とやらをしたいらしいが、字も読めないで昔の何を教育しようというのだろうか?
 
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 一葉の作品は明治20年代の終わりに、活字で発表された。これはその初出の姿をまとめた本。小説も日記も、一葉の死後、活字になって世に出た。そうでなければ、私なんぞ全然読めなかったわけである(この本は「初出で読む近代文学」というシリーズの1冊で、今から30年ほど前に出た)
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(私の母方の祖母は、ずっと謡を教えていました。1900年に京都・岡崎に生まれた人です。祖母が生きていたら、くずし字に悩む孫を見て、「あ~ら、そんなのが読めないの? オホホホ」と笑ったに違いないと思います)

2016年4月30日 (土)

ハンカチの木

 遠くに出かけなければ見られないと思っていたハンカチの木が、団地の公園の片隅にあって、花が咲いていた。花の下には近所の方が数人。みんなで見上げている。高いところに咲くので写真を撮るのもたいへんである。おまけにぱっとしない色合いだ。

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 ここは区の「花と緑の相談所」のすぐそばで、バラ園も近い。そういえば新しいバラ園が5月3日に開園するそうで、ポスターが貼られていた。オールドローズなどの珍しい種類もあるそうだが、今はまだ苗が小さく、見ごろになるのは2年先だと説明書にあった。

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 明日から5月。天気予報でも暖かくなると言っていた。そろそろ夏物を出さなければならない。
 明治26年5月、一葉は日記にこんな句を書いた。

蔵のうちへはるかくれ行くころもがへ

 蔵とはたぶん近所の質屋・伊勢屋のことで、暖かくなったのを幸い、春物を質屋に持って行き、ようやく一息つけたという貧しい生活を、ユーモアたっぷりに詠ったのである。
 私はウエストがきつくなった! 長年の心配の種だった子供の病気がよくなったせいに間違いない。何とかしなければ・・・。

 


2016年3月25日 (金)

『正岡子規──言葉と生きる』 坪内稔典 岩波新書

 実はこの本の前に、『ノボさん──小説 正岡子規と夏目漱石』(伊集院静)を読んだ。でも有名な作家のそれよりも、私には坪内氏のこの新書のほうが、ずっと印象深くおもしろかった。子規は遠い遠い昔、高校の国語の自由研究になぜか選んで、少し読んだのが縁の始まりである。
 坪内氏のこの本は評伝で、章の初めに子規のそのときの文章が数行、それからその当時が、いろいろな文章を使って語られるという形式である。時代とともに、子規の文章がのびのびした口語になっていくのが、私にはとても印象深い。子規の生きた時代は、一葉のそれとかなり重なっている。

・・・自分の感情は、他者に共有されないと、単なる独善に終わる。個人の感情に他者への通路を開くこと。それが俳句や短歌、そして写生文で子規が求めたことだった

 子規は脊椎カリエスで、明治35(1902)年、34歳で死んだ。20代の終わりからは、ほぼ外出ができないまま、上記のようなことを考えていたと、坪内氏は紹介する。晩年の「墨汁一滴」「仰臥漫録」「病床六尺」などは、今でも病む人や介護する人の心に強く響く作品である。
 坪内氏は20代の終わりに、パチンコの帰りに古本屋で、「子規全集」を衝動買いしたそうである。それが彼の後の人生を決めた。全集類は今、古本屋でも冷遇され、極端に安い。買い時かもしれない。

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わが家には、子規は文庫数冊と、「明治文学全集」1冊だけです。これからなら青空文庫ですね

2015年10月27日 (火)

「たけくらべ」散策3──吉原

 「たけくらべ」の背景は吉原である。主人公の美登利はいずれ、ここの花魁になる運命なのだ。「大門の見返り柳」とは、現在ではこんな風景になっている。

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 ここから吉原への五十間道が続く。大きくS字型に曲がっていて、大門を直接見ることができないようになっていた。平成の今も、道は同じである。

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(このあたりは不案内のオバサンが、ひとりで歩き回るのは、ちょっと難しいと感じました。「たけくらべ」散策の企画を立ててくださった一葉記念館に感謝です。記念館には前の建物だったときから、何回も行っているのですが、こうしてあたりを歩くのは初めてです)



2015年10月26日 (月)

「たけくらべ」散策2──大音寺

 大音寺は「たけくらべ」の冒頭に出てくる。

廻れば大門の見返り柳いと長けれど、お歯ぐろ溝に灯火うつる三階の騒ぎも手に取る如く、明けくれなしの車の行来にはかり知られぬ全盛をうらなひて、大音寺前と名は仏くさけれど、さりとは陽気の町と住みたる人の申き

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 入ってすぐの左側に墓が並び、そのうちの一基が信如のモデルになった方のものだとか。近くには寄れなかったが、赤い花が供えてあるのが見えた。

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 全体はこんな感じ。あたりの喧噪を離れ、いい佇まいだった。かなり歴史のあるお寺らしい。

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2015年10月25日 (日)

「たけくらべ」散策──鷲神社

 今年は「たけくらべ」発表120年目だそうで、台東区一葉記念館ではいろいろな行事をやっている。その中の〈「たけくらべ」散策〉というのに参加した。千束神社から大音寺、鷲神社、吉原大門跡などを巡る散策で、定員は10人。抽選に当たったのである。

 鷲神社は来月の酉の市の準備で、あちこちで工事中。個人ならともかく、10人では中に入れなかった。青空に門がきれい。

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 足元にあるのは、畳まれた提灯。

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 もちろんあたりには酉の市のポスターが、あちこちに貼ってある。

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 酉の市は「たけくらべ」の最後に出てくる祭礼で、それまでおきゃんだった美登利が高島田を結い、正太郎が驚愕する場面がある。この日は吉原も自由に入れて、地域の特別な祭りであった。酉の市には若いころ、一度行ったきりだ。またのぞいてみたい。








2015年8月17日 (月)

一葉と俳句

 季語研究会の会報に「一葉と俳句──その日記から」という短い文章を書いた。一葉は俳人ではないので、こんな題材で書かれた資料は全くなかった。だから全集の日記や索引・註をたよりに、私が勝手に紡いだお話である。最初はちょっとした思いつきに過ぎなかったのだが、書いているうちに調べなければならないことが山のように出てきて、こうしたものを初めて書く私にはけっこう大変だった。編集担当の方に励まされて、やっと書けたようなもので、ひたすら感謝である。
 一葉が、いや明治の文学者たちが、いかに和歌や俳句に近く生きていたか、よくわかったのが収穫でした。

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(この全集のおかげでもあります。でもねえ、専門家ではないから、変なことも書いたかも・・・)

2015年6月20日 (土)

『幻の「一葉歌集」追跡』 青木正美 日本図書センター

 1988年発行。著者は古書店主である。
 本の主人公は一葉ではなく、齋藤緑雨である。著者は緑雨の書簡集を出すことを夢見て、古書市場に通っていた。1987年4月、無題無署名の古い歌稿の束を見つけ、書体から緑雨の手になるものと判断、それを「追跡」しているうちに、中味が一葉の和歌であることに気づくのである。全集に未発表の作もあり、朱の添削が入っていた。それを初めは緑雨の添削かと思っていたが、そうではなく一葉の師の中嶋歌子によるものだということも判明する。昭和末期の古本業界の行事やしきたりなども描かれ、古書店主の活動報告の趣もあり、昭和中期の生まれである私には、すこぶるおもしろかった。この本はだいぶ前に古本屋で買って、私の本棚の奥で寝ていたものです・・・。

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(カバーに模様のように見えるのが、緑雨の書いた一葉の歌稿。右下がりのかわいい文字で、達筆の多い明治文人の中では異色です。緑雨自身は字が下手だという思いが強かったらしく、なるべく筆跡を遺さない方針だったとか)


2015年4月18日 (土)

江藤淳

 先に手にしたのは 『近代以前』(文春学藝ライブラリー)で、これを読めば、もしかしたら明治以前の文章感覚が、少しはわかるかもしれないと、浅はかにも思ったのである。実際にはとてもとても、そんな簡単な話ではなく、この本自体が難しい(>_<)。でも一葉と西鶴の関係については、ちゃんと書かれている。解説は内田樹。これがとてもおもしろかった。母語とは何だろうか、母国とは何だろうかという問題について、内田はおそらく政治的な立場は違ったであろう江藤淳と、深く共感・共振している。
 江藤淳は学生時代に読んだというか、ゼミで読まされた。それ以来のまさに半世紀ぶりなのだが、文章に魅力があるのに改めて敬服した。『江藤淳コレクション2 エセー』(福田和也編・ちくま学芸文庫)は、江藤自身にまつわるエッセー集で、家族のこと、戦後の自身の歩み、アメリカ体験などが、静かに、ときに激烈に語られている。昭和を代表する保守の評論家の、心のルーツを知るのも、今の時代に意味があることなのかもしれない。

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