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俳句

2018年8月 4日 (土)

五十日祭

 母の五十日祭が終わった。仏教の四十九日に当たる行事で、このときに納骨も行う。当然ながら墓前で、つまり炎天下の墓地にみんな並ぶわけで、神主さんも大変。簡素で分かりやすい式辞を、書いたものなど一切見ないで、きれいな声であげてくださった。一つの区切りになり、総領娘としては大役を終えた気分である。

 墓地にはビーチパラソルがさしかけてあった。びっくりした。平日だったので、ほかに来客もなく、墓地は白々と明るく、ひたすら暑かった。

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 片隅に咲く凌霄花。スマホで撮ったので近寄れなかった。真夏に目立つ美しい花だが、花と蕾には毒があると聞く。

雨のなき空へのうぜん咲きのぼる〉    長谷川素逝

2018年7月28日 (土)

蓮開く

 もうじき母の五十日祭。仏教の四十九日に当たる行事で、納骨もこの日になる。私は兄弟のいない長女なので、喪主である。お墓の継承を済まさなければ、納骨もできないので、このところ忙しかった。

 以前に従兄が送ってくれた蓮の花の写真。場所は鎌倉の鶴岡八幡宮である。

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生きること死ぬことの訳蓮の花〉   伊丹三樹彦

2018年6月30日 (土)

辣韭漬

 今年は梅雨明けが驚くほど早かった。でも秋が早いとは限らないから、この猛暑がえんえん10月まで続くのかもしれない。
 辣韭を漬けた。500グラムほどのわずかな量で(半分、生のままで娘にやった)、甘酢漬けである。ときどき漬けるのだが、なぜか毎回、味が微妙に違う。

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 右の太い瓶が辣韭、左は気まぐれに漬けた杏酒。どちらも1リットル容量のガラス瓶。辣韭は冷蔵庫、杏酒は台所の隅にある。辣韭は7月半ばには食べられるだろう。楽しみ♪
 杏は黒砂糖と蜂蜜があったのでそれを入れ、ホワイトリカーを適当に注いだもの。どうなることやら。

ラッキョウ泥まみれ年とるたのしさもある〉    田中かほる

辣韭漬味に正解なかりけり〉    こはる

2018年5月 3日 (木)

5月 

 いい季節になった。それなのに、今日は出かける気になれない。どうしてだろう? どうも2日続けて活躍すると、3日目にはぐったりするようになったらしいのである。下町の句会の次の日が水泳スクールに当たっており、コーチがいいのでつい参加してしまった。去年入院手術するまでは、いつもこんなスケジュールで、平気だったのに・・・。

 水泳は長くやっていれば、骨量維持にずいぶん効果があるそうだ。リウマチの専門医が言うのだから確かなんだろう。先日、骨の検査をしたところ、20年近くリウマチでステロイドを飲み続けていたわりには、結果がいいと言われて驚いたところである。水泳のせいだろう、と。

 庭のバラが満開で、これも20年くらい咲いている。ガリカ種で西洋中世の絵に出てくるタイプ、初夏にしか咲かない。棘がすごくて剪定には厚い手袋がいる。バラに言った。「お互いに元気でいたいよね」。

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よきことの二日続きて聖五月〉   こはる

2018年4月15日 (日)

4月の句会

 温度差に振り回されている間に、4月も後半にさしかかってきた。月の初めに句会が2つあって、ひとつは下町で18人くらい、もうひとつは大きな会で、こちらはいつも欠席投句を繰り返している。参加者が40人を超すのである。難聴にはつらい。どうせ欠席だと思うと、大胆というか奇妙な句を出すことになる。

少しだけこの世の辛味春大根

小貧乏どうにもならず啄木忌

 どちらも点をいただき、主宰にも選んでいただいた。あれ? 先日の〈しわくちゃを愛しているの春キャベツ〉も、この句会に出したものである。

 たまには出なくちゃなあと思います。

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2018年3月 7日 (水)

春三月

 三月は忙しない。今年はいっそうそれを感じる。病院通いに加え、句会だの家族会だのに参加、おまけに水泳にも行ったら、ほとほと疲れてしまった。用事は連日にならないようにして、何もしない日を作らなければいけないのに、貧乏性なものでそれが難しい。

 近所の公園にはミツマタがあって、いつも今ごろ咲いていた。公園のリニューアルとともに姿を消してしまい、とても残念に思っている。地味なので無視されたのかしら? 和紙の材料として有名なのに。

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 春の句を少し。最近のも以前のも、点を多くいただいたのも、そうでないのもあります。

春うらら母の眼鏡が見つからない

しわくちゃを愛しているの春キャベツ

ふらここや背骨の天地無用感

2018年2月26日 (月)

ルリビタキ

 庭に出したままになっていたビニールシートのくぼみに水がたまっていて、そこにルリビタキがやってきた。今までも何回か見ていたが、滞在時間が短く、ちょこまかした小鳥なので、写真には撮れなかった。でも今回は成功!

 歳時記では「大瑠璃」の項に付属として出ている。夏の季語らしいが、この辺りでは冬でもよく見かける。いい声で鳴くらしく、たぶん聴いているのだろうが、声と姿が一致しない。庭では黙ったままです。

瑠璃色の色のこしとぶ水の上〉   長谷川かな女

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(メジロなどの小さい鳥は、ヒヨドリがやって来ると、大急ぎで逃げてしまいます。このルリビタキは、ヒヨドリの来る前に、水を飲みに来たのでしょう。鳥には水場も大切なんですね)

2018年2月 8日 (木)

2月の句会

 兼題は「梅」だった。うちの梅はまだ咲かない。近所はまだ雪が残っているくらいだ。

平凡でいいと言ふ父梅一輪〉   こはる

 点を入れてくれた方は、「笠智衆と原節子だね」。じつはこれ、藤沢周平と娘の遠藤展子。展子氏の回想録には、父としての藤沢周平が、よく「普通でいい」と言っていたと、何回も出てくる。私の父もそう言ったような・・・。子供は健康であれば、それでいいのだ。普通に平凡に、なかなか難しいものである。

マニキュアに赤をぽっつり梅日和〉   ちとせ

梅開く窓越しに見る新生児〉   容子

 これらは高点句。紅色を連想させる華やかさのある句。春はこうでありたい。

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(近所の梅林公園で。2年ほど前の写真です。「梅は紅梅」と、清少納言が書いていましたっけ。もうじきですね)

2018年1月11日 (木)

久しぶりの句会──久女忌

 久しぶりに句会に句を出した。ただし欠席投句。でも点をもらった。

意地張りて杖は拒否する久女の忌〉  こはる

 1月21日は久女忌で、いろいろな句が詠まれている。久女の苦労を思うとこれがいい。

イプセンもノラも杳けし久女の忌〉  水野公子

 杉田久女は1900年生まれ、私の祖母と同じである。亡くなったのは1946年、これは私が生まれた年。だからでもないが、久女は好きである。発想が天翔けるようで、スケールが大きい。ホトトギスを除名されるなど、奇矯な行動もあったらしいが、女性に自由がなかったあの時代に、久女は収まりきれなかったのであろう。
「杉田久女句集」(北九州市立文学館文庫前書きは高浜虚子、後書きは娘の石昌子。もちろん後書きのほうがいい。

谺して山ほととぎすほしいまま〉  杉田久女

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(折り畳みの杖で、脚を怪我したときに使っていました。今はタンスの中です。友人が脚が不具合なのに杖は嫌だと言うもので、これを紹介しました。出先に着いたら畳んで、しまっておけばいいのです。カーボン製でとても軽いです)

2018年1月 6日 (土)

コゲラ

 寒さが続くと、うちの庭にやってくる。『野の花散歩図鑑』(長谷川哲雄・築地書館)の秋冬編によると、

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 ちゃんと撮れなかった。わかりにくくて申しわけない。たしかにあたりには、シジュウカラの群がいた。

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 キツツキは秋の季語。でも冬の裸木にならないと、見つけるのは難しい。この木はリンゴ。ちゃんと実がなります。

啄木鳥の叩く木の音空の音〉   今村七栄

段だらの背中小啄木鳥のまた来る〉   こはる

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