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介護・健康

2017年3月 8日 (水)

補聴器

 補聴器をつけるようになって、2カ月近くなった。だいぶ慣れてきたが、耳に異物をつけているのは、やはり気になるものである。肝心の聞こえは、人の話がだいたい聞こえる程度。補聴器をつけたのだから何でも聞こえるだろうと思う人がいるが、そういうわけにはいかないのだ。もちろん場合によっては、つけたとたんにあたりの音がくっきりと入ってきて、「ああ楽だ」と思うこともある。雑音は思ったほどではなかった。

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 左上の輪は10号くらいの指輪で、大きさを比較するために、一緒に撮った。最近の補聴器はとても小型で、つけていても気づかれないほどである。これは耳かけタイプのRIC型といい、音を拾うのは白い本体、それを耳に導くのは、コードの先についている丸い耳栓のようなものである。白いヒゲは耳殻で補聴器の位置を安定させるためにある。白を選んだのは私の好みで、グレーやベージュなどもある。

 私の難聴はメニエール病が原因で、2年ほど前からあきらかに悪くなった。とくに低音が聞きづらく、高齢に多い高音障害と少し様子が違うらしい。聞こえ方は実に人さまざまなので、調整技術の高い店員のいる店を選ぶのが、何よりも大事なのだそうである。

補聴器や亀鳴く声に耳澄ます〉   こはる

(先日の句会で。おかしかったらしく、点をわりにいただきました)

2017年1月 5日 (木)

『つるかめ食堂──60歳からの健康維持レシピ』 ベターホーム出版局

 このところ、出かけると夕方疲れてしまい、食事の支度が億劫になることが続いていた。おまけに食べ過ぎると気分が悪くなる。あきらかに以前より、食べられなくなってきているのである。どうしたものか?

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 よく回らなくなった頭を抱えて、この本の助けを借りることにした。もともと大食ではないので、気をつけるべきは、むしろ低栄養である。しかし私の母はずっと貧栄養だったのに、92歳で自立歩行。人間の体って、どうなっているんだろうかと思うことがある。話が逸れた。

 「おいしければ、一汁一菜でも満足できるものである。二菜目や三菜目が欲しければ、酢の物・和え物・漬け物・煮豆・など、煮炊きしないものにすればいい」(大意

 基本はこれ。誰でもやっていることだ。この本には、昔作っていたものをアレンジすれば、できそうな料理がかなりある。ただ昔のようにバブリーでないだけで、油や内臓などは控えめ、「食べたら動く」なんていう忠告もついている。早速、自分の料理ノートに書き写す(台所の引き出しに、メモ帳が一応あるのです)。「つるかめ」とは、シニアの総称らしい。

(昨晩はおでんでした。25センチの浅鍋にいっぱい作り、2人で完食。出汁は自家製で、合わせ調味料は使いませんでした。うちには○○の素の類がほとんどなくて、娘によく文句を言われます・・・)

 

2016年10月19日 (水)

「菊の香や奈良には古き仏達  芭蕉」

 来週から奈良に行く予定である。20年ぶりで、泊まるのは初めてのプチホテル。東大寺のすぐそばなので、朝や夕方に大仏様を拝めそうだ。ちょうど奈良博で正倉院展をやっているので、空いている夕方に行こうと思い、大いに楽しみにしている。

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 歯医者と補聴器店の用事が重なって、どうかと思うほど忙しい。どちらも11月にもつれ込みそうだ。幸せなことに、どちらの担当者も誠実ないい方々で、こういう人たちで今の日本は、何とか動いているのではないかと思うほどである。どちらも紹介状を持って行った。
 補聴器店は、補聴器を扱う専門の訓練を受けた「認定補聴器技能者」がいる専門店で、うちからバスなどで30分ほどかかる。補聴器は器械の調整と本人の慣れが大切なのだそうで、お店の人は「まず右耳で1週間以上、次に左、両方も試してみて、それで合わなければ別のタイプを試しましょう」と言った。おやおや、1ヶ月くらいは試聴期間になりそうだ。「残念ながら、以前と同じように聞こえるようには、もうなりません」とも。寂しいことである。

2016年10月12日 (水)

歯医者さん

 やたらに忙しいと思ったら、ここ3週間で7回も医者に行っていた。とくに体調不良ではなく、ずっと蒸し暑くてサボっていた検査などが、溜まりに溜まった結果である。トホホ・・・。
 事情があって、歯医者さんを替わることにした。今までとあまりにもやり方が違うので、すごく驚いた。最近できた歯科クリニックなので、検査・治療の機器は最新型、口腔のレントゲン撮影から歯周病の検査、口の中の細菌の様子まで、その場で画像にして見せてくれる。大昔に治療した歯の一部が、虫歯になっているのが見つかった。すでに神経を取ってあるので痛みがなく、気がつかなかったのである。しばらくお世話になるしかない。口の健康がどんなに大事かは、母のいるホームでもよく言われることだ。

 今朝は爽やかな青空、鱗雲が出ていた。雲は5分後には姿を変えてしまう。さっそくGRでパチリ。
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 わが家の庭の山茶花が咲き始めている。ちょっと早いなあ。この木は小さな枝だけのときから、ずっと世話をしてきたので、とても愛着がある。
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2016年9月22日 (木)

ヒガンバナ

 母のホームに行った。週1回は行っているので、なかなか忙しい。顔を見てそれなりに元気そうならば、子供としても安心なのだ。ちなみに家族がホームを訪問するのはいつでも自由で、仕事で忙しい息子が夜中に来ても、全く問題がない。
 帰りに向山庭園に寄った。ここは豊島園駅の近くで、ホームから歩いて10分くらい。以前は母もここまで歩いて来られたが、今はもう無理となった。小さな和風の庭園と建物があって、茶道や和歌・俳句の会合に使われている。駅の近くなのにとても静かだ。
 庭のあちこちにヒガンバナが咲いていた。
 
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2016年9月 9日 (金)

ホームの帰りに

 母のいるホームに行った。92歳になってまあまあ元気だが、自分から話すことが極端に減ってしまい、子供としては寂しい。
 帰りがけにホームの玄関で、私が晴雨兼用傘を広げていたら、通りかかった年配のヘルパーさんが、「あらすてき、軽そうでいいわね」。すると母が初めて気がついたように、「ほんと、いいわね。欲しいわ」。ここで、「もうほとんど出かけないから、いらないでしょ」と言いたくなるのを、ぐっとがまんして、「あげるよ。かわいい花柄で、ちょっといいでしょ?」。帰りがけの母の笑顔がうれしかった。もっとも、帰り道は日傘なしで、暑かったけど・・・・。
 
 傘はあげてしまったので、写真に撮れません。帰りがけに寄った向山庭園で数枚。お月見の会があるようです。
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 絵手紙の展示会がありました。これはゴーヤの傑作!
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 こちらは折り紙の展示。柿がふっくらです。
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(カメラはコンデジ。撮ったままで加工していません)
 

2016年6月 7日 (火)

ホームのフェスタ

 母のいるホームでは毎年、地元の文化センター小ホールを借り切って、フェスタと称して「学芸会」を開く。先日もあったばかりである。
 
 最初はホームの会長の挨拶。この方は現社長のお母様で、93歳になる。
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 そして恒例の社長・施設長によるダンス。
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 コーラスのメンバーの平均年齢は、たぶん90歳くらい。声はもちろん、見たところも美しい。
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 毎年ある寸劇はオリジナル台本で、衣装もヘルパーさんも含めたみんなの手作り。今年は「八福神」で、七福神に広目天が加わるという趣向だった。最後に福神たちは船に乗り、近所の子供たち(入居者の曾孫もいる)も一緒に、お祝いとなる。
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(船の帆の「宝」という字、また「広目天」「布袋」などの旗は、入居者の書家の方が書いてくださいました)
 
 
 

2016年4月22日 (金)

『べてるの家の当事者研究』 浦河べてるの家 医学書院

 北海道浦河には「べてるの家」http://bethel-net.jp/という精神障害者のコミュニティがあり、ユニークな活動をしていることで有名である。
 どんな病気でも、当事者の協力がなければよくならないのは当たり前で、精神疾患も例外ではないどころか、本人の自覚は必須である。でも精神病治療の現実は厳しい。いくら医者を替えても、薬を増やしても、何回入院しても、同じことを繰り返し、障害者に認定される人も多い。
 一般に障害者というのは、たっぷり医療を施され、やさしくケアされ、サポートされるものである。たしかに助かるのだが、当人から見れば「監視」そのもので、それが辛くて反発することもあるのだ。「べてるの家」では、薬ケアやサポートを減らして、患者みずからが自分たちの病気を解明し、コントロールできる状態に持って行こうとする活動をしている。それが「当事者研究」である。
 本の冒頭にすべてが表れている(この部分の著者は、ワーカーの向谷地生良さん)。

浦河で「当事者研究」がはじまったのは、二〇〇一年二月のことである。きっかけは、統合失調症を抱えながら〝爆発〟を繰り返す河崎寛くんとの出会いだった。入院しながら親に寿司の差し入れや新しいゲームソフトの購入を要求し、断られたことへの腹いせで病院の公衆電話を壊して落ち込む彼に、「一緒に〝河崎寛〟とのつきあい方と〝爆発〟の研究をしないか」と持ちかけた。「やりたいです!」と言った彼の目の輝きが今も忘れられない

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(精神医療福祉の分野は底が深いです。そして楽しい話ばかりではありません。でも私は現役の障害者家族で、その立場を下りるわけにはいかないのです。そんなわけで、こうした本をときどき手にします。「べてる」関係の本はたくさん出ています。どれもおもしろいので、どこも何ともなくても、一読をオススメしたいです)

2016年4月20日 (水)

ホームの短歌会

 母のホームで短歌の会があった。私は付き添いで参加。総勢20人が一首ずつ出して、それに2人が司会の指名で感想を言い、歌人の講師が講評を加えるという形で、3時間もかかった。みなさんお上手なのには驚くばかり。戦前の日本語教育の高さに唖然としてしまった。ちなみに司会はホームの社長みずから。
 母はこんな歌を出した。

新聞を朝だけでもと考える世に遠ざかるこの日々の中

 ホームで生活する中で詠んだ歌で、前向きともとれるし、心の底に悲しみがあるともとれる。このホームを紹介して入れたのは私だ。母の悲しみも引き受けていくしかないと思った。

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(牧野記念庭園の桜。ここを詠まれた方もいましたが、ご本人の了解を得ていないので、載せることができません。残念)

2016年3月19日 (土)

絵手紙

 母のホームから、私の足で5分余のところに、区立の庭園公園がある。和室を含む小さな建物があって、ロビーではよく小さな展覧会をしている。今日は絵手紙だった。

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 母はもうじき92歳。ここまでひとりで来ることはできず、子供が付き添っても、そろそろ限界になりつつある。
 ホームの入居者には、車椅子でないと出られない人もいれば、母より年上でも、ひとりで買い物がてら、ここまで来る方もいる。人さまざまで、かならずしも年齢ではない。また歩けることがすべてでもない。でも、歳をとるのは難しいことだと、つくづく思います。

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