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読書メモ

2017年11月15日 (水)

『中国文学の愉しき世界』  井波律子  岩波現代文庫

 近所の本屋で何となく買ってしまった本。ソファに寝そべりながら、たちまち読んでしまった。中国史上の奇人、奇想小説の紹介などのほかに、若いころからの学びの遍歴も書かれていて、ほぼ同世代の私にはそれもおもしろかった。師の吉川幸次郎や作家の高橋和巳の思い出も出てくる。

 半世紀ほど前、井波律子は京都大学で、第一外国語にフランス語を選び、同級生の多くは仏文に進んだそうである。でも井波は中文。「中国のほうが広くて歴史がある。文芸も豊かで多様に違いない」と思ったからだというから、1965年前後の女子大生として、すごい判断だ。今でも通用する正しさだと思うが、当時の京大文学部の中文には、それだけの魅力があったのだろう。

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(井波律子は、過度に漢文調でない普通の文章語で、中国文学の世界を門外漢に語ってくれるすてきな人です。岩波新書の『中国の五大小説』(上下2冊)も、すごくおもしろかった記憶があります)



2017年11月 5日 (日)

『もうレシピ本はいらない』  稲垣えみ子  マガジンハウス

入院先の病院にあった週刊誌の書評に載っていて、興味を惹かれた。副題は「人生を救う最強の食卓」。基本的にご飯に汁もののシンプルな食事の提案で、土井善晴の『一汁一菜でよいという提案』(グラフィック社)に似た内容かもしれない。
 筆者の高齢になった母が、得意だったはずの料理を嫌がるようになったというのが、執筆のきっかけだったようである。たしかに、「凝った料理か宅配弁当か」の2種類しかない調理人生は、強迫的で悲惨ですらある。どうしたら楽に自然に、好みのものが食べられるのか? これが解決できれば、シニアの人生は大きく自由になるではないか。そのためのヒントがたくさん詰まった本である。ときに笑えて、なかなかいい。

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現代の世の中はどうも2種類の人に分かれているのだ。
一つは毎日キラキラした料理を頑張って作り続ける人たち。
もう一つは、もう料理なんかしたくないという人たち。
 私がこの本で伝えたかったのは、このどちらでもない、第三の道があるんじゃないかということだ
「エピローグ」より

2017年10月30日 (月)

藤沢周平と須賀敦子

 大きな病気で手術、退院して1週間である。こうしてパソコンに向かえるのが、不思議な気さえする。
 入院中は藤沢周平を読んでいた。暗い話が多いのに、病気でもなんでも、生きていていいのだという気持ちになれた。須賀敦子にも同じような感想を持つ。

 藤沢周平と須賀敦子、まるで関係ないようだが、実は接点がある。1997年1月の国立国際医療センター。2人はここに入院していた。知っていたのは須賀敦子だけで、違う階に藤沢がいることを友人への手紙に書いている。1月末に藤沢は亡くなり、須賀は同年6月にいったん退院、秋に再入院して翌年3月に亡くなった。2人とも60代末だった。今の私より若いのだ。

 藤沢周平は江戸時代を書いたのではなく、須賀敦子もイタリアを書いたのではないような気がしてならない。そうでなければ、死後20年を経た今でも、読者に生きる力を与え続けることはなかっただろうと、病後のボンヤリした頭で考えた。

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(近くのローズガーデン。まだ行かれませんが、もうじきでしょう。今日は風が強いですね)


2017年8月21日 (月)

『免疫の意味論』  多田富雄  青土社

 20年ほど前に出た免疫の名著。そのころ私は、関節リウマチを発症したばかりで、免疫について知りたくて読んだ。とてもおもしろかった記憶があるが、理系ではないのでよく理解できないことも多かった(今でもそうです…)。
 20年たって、また読み始めたのには理由がある。私のリウマチはよくなったが、なぜか周囲にシニアの患者が、何人も出てきたのである。原因はいまだに不明なはずだが、どうしたというのだろう。
 この本は免疫をかなり巨視的に描いたもので、○○病の治療のような話は、ほとんど出てこない。また20年の歳月の間に新たな発見があって、どこかに加筆訂正が必要な可能性もあるのかもしれない。それでも免疫が、「自己」と「非自己」を峻別するシステムであることには、変わりないだろう。

〈…そもそも「自己」とは何なのか。これほど神経質なまでに「自己」と「非自己」を区別する必要が本当にあったのだろうか。「自己」と「非自己」を区別するような能力は、どこで何が決めているのだろうか。その能力に破綻が生じた場合何が起こるのか。「非自己」の侵入に対して、「自己」はいかなる挙動を示すのか。
 こうした問題こそ、現代免疫学がいま解析の対象としている問題である。分子や遺伝子を扱う現代生命科学の最前線にいるにしては、ずいぶん大ざっぱで、ほとんど形而上学的な問題ではないか

 病気であろうとなかろうと、理系であろうと文系であろうと、生きている以上、心惹かれるテーマと言えるのではないだろうか。

 老化、アレルギー、エイズ、癌、自己免疫疾患についても、それぞれ1章が与えられているが、こうすれば治るとかいう話ではないので、免疫の精緻なシステムについて深い驚きを感じながら、また著者の明晰で馥郁たる文章に導かれながら、やっとの思いで読んでいる。

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(著者は2010年に惜しまれながら亡くなりました。2001年に脳梗塞で倒れ声を失い、右半身不随になりましたが、文筆活動は旺盛なままでした。リハビリ期間を限るとした厚生省に、激しく抗議し反対運動をしたことは有名です)

2017年8月10日 (木)

『古文書講師になれました──わたしの独学体験』  宇野藍子 柏書房

 まさか、講師になりたいわけではないし、なれるわけでもない。でも、日本史も国文学も縁のなかった著者が、どうして独学で古文書学習を続けられたのだろう? そこに興味があった。著者はもともと理系で、銀行員やPC講習の講師などをしていた人である。もともと、どんな形であれ文字自体に興味を惹かれるタチだったようで、15年をかけて講師が務まるほど勉強した。主にNHK文化学園の通信講座で学び、いくつものコースをマスターしてから、論文を提出し講師資格を得たそうである。
 なぜ長く独学が続いたのか、著者はこう書いている。

古文書の独学はなんら人の役に立ちそうもないし、なんらお金にもなりません。反転して考えると、実際的な事柄からの一切の解放を、直感的に感じとったのだと思います。もしかしたら、古文書の学習というのは、日常のさまざまなストレスにさらされ続ける現役世代のほうがむしろ向いているのでは? とさえ思います

 現役でなくてもストレスが多いのが現代だ。私も版本に並ぶにょろにょろした文字を見ると、たしかに安らぎを感じることがある。過去の声がかすかに聞こえてくるのである。それだけでいいのかもしれない。

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2017年8月 4日 (金)

『中島敦全集』 全3巻  ちくま文庫

 奈良からの帰りの新幹線の中で、iPadの青空文庫で「李陵」を読んだ。すごく久しぶりで、最初は漢文調がきつかったがやがて慣れて、しみじみいいなと思った。それでネットで検索して、この文庫版の全集がうちにやってきたのである。モダンな印象のカバーの装画は土方久功。1942年、33歳で夭折した中島の、数少ない友人だった人である。

 中島敦は「山月記」などが長く教科書に載っていたせいか、古代中国を題材にした小説ばかりが有名だが、南海を舞台にした文章もかなりある。1940年に当時の南洋庁に就職したためだ。彼の代表作「光と風と夢」はR・.L.・スティーヴンソン(「宝島」で有名)の話である。またカフカをドイツ語で本格的に読んだ最初の人だともいわれている。

 中島の小説に漂っているのは、孤独に対する覚悟のようなものだ。それが時代を超えて感銘を与えるのだろう。幼いときに母が3回も替わったのが影響しているのだろうか? 漢学の一家に生まれたから、漢文調の硬い文章も多いが、明るいモダンな小品もたくさんあって、夏の間楽しめるだろうと期待している。

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2017年7月 9日 (日)

『古事記を旅する』  三浦佑之  文春文庫

 今朝は朝から30度を軽く超していた。猛暑日になるに違いない。出かけるのはやめて、旅行記を読むことにした。この本は古事記ゆかりの各地を、カメラマンの大海氏と弥次喜多道中のように、2人で一緒に回って書かれたものである。ちなみにこういう本は、著者がひとり(編集者つきかも)で回って、後で適当な写真を添えて作ることが多い。
 古事記に詳しくなくてもわかるように、三浦氏は親切なうえに文章がうまい。まず九州・沖ノ島から日本海を、山陰を通って能登半島、内陸に入って糸魚川から諏訪までが第一部。高千穂から瀬戸内海を経て、熊野、伊勢、太平洋岸を通って房総までが第二部、難波から奈良を通り宇治川までの第三部。何といっても、日本海ルートと奈良盆地の話がおもしろい。昔は日本海側が主な交流ルートだったのがよくわかる。大陸から近いからである。
 わりにリベラルな立場からの古事記探訪記で、例えば明治以降の橿原神宮とか、あちこちに散見する「皇紀二千六百年記念」の石碑などには、けっこう冷淡だけれど、古事記の魅力を余すところなく伝える楽しい紀行書だと言えると思う。今度奈良に行くときは、ぜひ持って行こうと思います。

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(三浦佑之氏は古代文学者で1946年生まれ。作家・三浦しをんの父親でもあります。暑いけれど、どこか旅に出たいですよね。このところ母と娘が不調なことが多く、目下、夏籠りなのですが)

2017年6月 2日 (金)

『古事記を読みなおす』  三浦佑之  ちくま新書

古事記の続きで、これはバリバリの古事記学者の手になる本。八岐大蛇は出雲を流れる斐伊川になっている。こうした本を読むのは実は初めてに近く、知らないことが多く出てきて、それだけでも興味深かった。
 出雲神話は、どうして古事記にあって、日本書紀にないのだろうというのが、私の最初の素朴な疑問である。私はどうも出雲系の人々の末裔らしいので、気になるのである。

・・・国譲り神話から読めてくるのは、古層として存在した日本海文化圏の崩壊という出来事です。天皇家を中心としたヤマト王権が介入することによって、日本列島に存在したさまざまな交流や交易は、ヤマトを中心とする秩序化された関係に置き換えられていきました

 そうだったのかと深い感慨に浸った。出雲は当時、ヤマトに対抗する最大の勢力であったらしいことは、日本史オンチの私でも知っている。
 また、文学書としての古事記の成立については、

音声によって語られる叙事詩を成長させる前に、外から文字が渡ってきて散文文学が成立してしまった。そのために、芽生えかけた叙事詩は書かれる歴史へと方向を変えてゆく。それが、古事記のような作品を編み出す理由であったのかもしれません

 この後、最終章で、有名な太安万侶の序とは何だったのか、古事記の本当の著者(書き手)は誰だったのか、ダイナミックな推論と提案があり、最後までドキドキする本だった。

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(著者は古代文学研究者で、歴史学者ではありません。私が楽しく読めたのはそのせいかも。でも古事記は日本書紀と並んで、戦前は「国体」を支える本でした。著者はもちろんそれを無視しているわけではなく、視野の広い古代史像を描いていると思います)

2017年5月24日 (水)

『火山で読み解く古事記の謎』  蒲池明弘  文春新書

 三輪で素麺を食べたら、古事記が気になってきた。これは南九州に鬼界カルデラを造った7300年前の巨大噴火が、古事記の基本を形成したという説の本で、たいへんおもしろい。たとえば八岐大蛇は、大山や三瓶山の爆発で出た溶岩流・火砕流であると言う。
著者がこうした考えを得たきっかけは、2011年の大震災。日本は火山と地震の国で、そのことが歴史や精神文化に、決定的な影響を与えているに違いないと思ったそうである。もちろん地学的な証拠を積み重ね、現地調査もしての論である。文章はきわめてわかりやすく、とても読みやすい。参考文献に名著の誉れ高い『火山列島の思想』(益田勝実・講談社学術文庫が上げられていて、これも読んでみたいと思った。

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(私の父方は出雲に縁が深く、それも読む動機となりました。そして昨今の風潮から、古事記についてこうした自由な論議をする本が、そのうち出版されなくなるのではないかと、少し心配になったこともあります)


2017年4月16日 (日)

笑える本

 桜も散ってしまい、なんとなく不調。疲れたのだと思う。楽しい本を抱えて、今日は少しお休みである。

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 左の『その他の外国語エトセトラ』(黒田龍之介 ちくま文庫)は、この著者が好きだからで、ずっと以前に読んだ『羊皮紙に眠る文字たち』(現代書館)のおもしろさは、今も忘れられない。専門はスラブ語だそうで、この本にもロシア語や東欧諸国語についての話は多い。でもそれ以外のほとんど世界中の言語が、話題となっていて、みなユーモアあふれる楽しい記述なのである。いわゆるトリビアものではないし、ツールとしての外国語習得の勧めの本でもない。日本語しかわからなくても、充分に楽しめる。著者の黒田氏は父親が噺家だとか。びっくりしたけれど納得できた。

 『怪盗ニック全仕事』(E・D・ホック 創元推理文庫)はアメリカのミステりー短編集。Book Offで見つけたもので、価値のないもの(たとえばプールの水とか)を専門に盗みを請け負う泥棒が主人公である。原作は1960年代後半だから、古いといえば古い。ミステリーはDNA鑑定と携帯電話の登場で、雰囲気が全然違ってしまったが、これはある意味、古きよき時代の物語である。このシリーズは人気があるらしく、短編集が何冊も出ていて、日本でも最近4冊目が出た。

(私は国文出身なので、英語などは高校まで、あらかた忘れてしまいました。第2外国語はフランス語、これも忘れた・・・。ただそのときの先生が、ソシュール言語学で有名な小林英夫氏で、授業の合間にノルウェー語の話などをしてくれて、言語学っておもしろいのかもと思った記憶だけが、鮮やかに残っています。そんなわけで、言語学者の本はたまに読みます。田中克彦もおもしろいですよ)

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