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読書メモ

2018年12月13日 (木)

『遠い場所の記憶』  エドワード・W・サイード 中野真紀子訳 みすず書房

 先日のエルサレムの本以来、ずっとサイードを読んでいる。なかでも1999年に出たこの自伝がとても面白く、大判2段組み350ページの大作を、一気に読んでしまった。彼の子供のころから、ハーヴァードで大学院を終えるまでの前半生の記憶が、丹念に率直な文章でつづられていて、両親との確執とか、学校での居心地の悪さなど、遊びや読書など、回想記として一般的な話も多く、10年以上世代が下で極東の都会育ちの私などにも、共感を覚えることが多かった。

 サイードはパレスチナ・アラブ系キリスト教徒アメリカ人というややこしい属性を持った人で、エルサレムで幼少年期を送り、カイロで学童期を過ごし、アメリカで学位を取って研究者の道に入った。さまざまな事情からパレスチナやカイロから切り離された時期が長く、どこに住んでも自分は「よそ者」だという意識に、つねに苛まれた日々だったらしい。しかし本の最後のほうでは、このように書いている。

ふさわしくあること、しかるべきところに収まっていることは重要ではなく、望ましくないとさえ思うようになってきた。あるべきところから外れ、さまよいつづけるのがよい。(中略)決して過度にくつろくようなことのないほうがよいのだ

 サイードの本は難解だと、ときどき言われる(そう言わない人もいる)が、この本はそんなことが全然なく、後年の『オリエンタリズム』やパレスチナに関する本の背景が感じられて、文学的にも優れているのではないかと思う。この地域の人々の生活について書かれた本は、日本で多いとは言えない。

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サイードは91年に白血病と診断され、それがこの自伝を書く動機のひとつになったらしく、文中に何回か出てきます。2003年に68歳で亡くなりました

2018年12月 1日 (土)

『エルサレムの悲哀』  村田靖子  木犀社

 高校の同級生の集まりで、この本の読書会を、著者を招いて開かれた。クラスメートのひとりが著者の友人であったためである。著者を招いた読書会というのは、アメリカなのではよくライブラリー主催で開かれるらしいが、私は初めて出席した。いつもの同級生メンバーに、その友達などが加わり、17人ほどになった。

 著者は若いときからイスラエルにかかわって、ヘブライ文学を専門とされる人である。しかしこの本は、題材がパレスチナ問題に深くかかわりがあるので、読書会には社会運動関係の方も何人か出ていた。いつもは人数も少なく、政治色のない集まりである。私自身はパレスチナ問題には無知で、政治運動にもほとんど関心がない。四方田犬彦やエドワード・サイードの本を、ちょっと思い浮かべた程度である。

 エルサレムをめぐる9つの短編小説集なので、それぞれの短編ごとに感想を述べあった。著者には読んだ感想がナマでわかる、貴重な機会なのだそうである。それぞれにモデルらしきものがないわけではないが、何より短編小説集としてどうだったかが、これからの指針に結び付くということのようだった。

 静かで控えめな文章で、日常の中に潜む過去のホロコーストの影、ユダヤ人とパレスチナ人の差別と分断、徴兵制が文化に与える影響、アルメニア人のことなどが、数十ページの小説ごとに語られる。それぞれにはそれなりのモデルと背景があることを、著者から実際に説明されるのは、とても興味深い体験だった。作品としては須賀敦子を思わせるものがあった。

 イスラエルは軍事国家である。それでも最近では、例えば徴兵拒否をする若者が出てきたり、建国以来の歴史を謙虚に見直そうという動きもあるとか。しかし著者によれば、この本に流れる程度の社会批判の声でも、イスラエルに行ったら抑えなければならないそうである。日本だから、日本語だから、語れるというのもあるのかもしれない。

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2018年10月26日 (金)

『現代免疫物語beyond 免疫が挑むがんと難病』   岸本忠三・中嶋彰   講談社ブルーバックス

 ようやく見つけた私でも免疫がわかる本。帯には“祝2018年 ノーベル医学生理学賞受賞 PD-1とか何か”とある。2016年刊行だから、今回の本庶佑氏の受賞に合わせて、帯を新しくしたのだろう。
 私は去年、大腸がんの手術を受け、目下経過観察中の身で、20年来の関節リウマチ患者でもある。自分がどんな薬を出されているのか、またこの先どんな治療が可能なのか、知りたいではないか。

 私には理系の素養がなく、内容をうまく要約できないのだが、主に日本の免疫学者の活躍を縦軸、最近の世界的研究成果を横軸にして、まるでドラマのように医学の進歩が語られ、とてもおもしろかった。著者の岸本忠三氏は、リウマチの新薬アクテムラを開発した人、中嶋彰氏は科学ライターとして、図表を駆使した明快な説明に定評がある。

 この本は実はシリーズで、同じ著者たちで以前に2冊が出ており、最初が『現代免疫物語』で2007年刊、副題は「花粉症や移植が教える生命の不思議」、2冊目が『新現代免疫物語』で2009年、副題は「抗体医薬と自然免疫の驚異」、この2冊目がリウマチ治療の大変換を詳しく語っている。家庭の医学のような本ではものたりない人に、おススメのシリーズだと思う。

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(多田富雄さんついてコラムがあり、かつての名著『免疫の意味論』が、文芸書のように紹介されていて、時の流れを感じました。理系のわかりやすい本を読むと、気分が晴れ晴れします)

2018年9月29日 (土)

『旅する画家 藤田嗣治』   林洋子・編  とんぼの本(新潮社)

 10月初旬まで藤田嗣治の回顧展が開かれていて、ずいぶん盛況だそうである。先日はテレビの「日曜美術館」でもやっていて、テープに残った藤田の声を初めて聴いた。80歳くらいだったはずだが、明晰な声に驚いた。

 東京では2006年にも、大きな藤田展が開かれたことがある。竹橋の近代美術館だった。仕事の帰りで、重いゲラを出版社に届け、ほっとした解放感のなかでゆっくり観た。それまで藤田が好きだったわけではなく、むしろフランスかぶれの軽薄な人というイメージだったのだが、この展覧会を見て印象が大きく変わった。画家としての卓越した才能に打たれ、フランスと日本という2つの国を生きた、真に国際的な画家だったのだと感銘を受けた。その後、本書の編者の林洋子の本を読み、ますますその思いを強くした。

 私が以前、藤田に持っていた先入観は、作られたものだったのかもしれない。日本は戦後すぐ、藤田に画壇の戦争責任を負わせようとして、藤田は故国を捨てるようにフランスに去った。日本にはしばらく、藤田のいいイメージが残らなかった可能性がある。21世紀になって日本でもやっと、正当な評価を受けるようになったのかもしれない。

 この本は藤田の画業をパリ、ニューヨーク、南米、アジアそして日本の各地をたどりながら紹介した、142ページのミニ画集である。林洋子の曰く、

藤田の本質は(中略)多重性=多文化の蓄積にあると言えるでしょう

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藤田の父親は、森鴎外の後任として、陸軍軍医総監になった人です。藤田が画家になることに賛成し、ずっと支援してくれたとか)

2018年8月15日 (水)

『ピラミッド』  ヘニング・マンケル  創元推理文庫

 刑事ヴァランダーシリーズの最新刊だが、内容は若き日のヴァランダーで、後のCWAゴールドダガー賞を受けた作品より、昔の話である。このシリーズは長編が多く、5つの中短編集というのはめずらしい。

 スウェーデンのミステリーといえば、1970年代のマルティン・ベックシリーズが有名だが、こちらは1990年代を代表するシリーズと言われる。どれも緻密な筋運びと達者な文章で、いつもおもしろく、この中短編集も例外ではなかった。

 主人公のヴァランダーは、どことなくそそっかしく愛嬌があって、スーパー刑事ではない。ミステリーとしても、ハラハラドキドキというより地道な捜査の展開で読ませる本である。たとえば彼は、ピラミッドの三角形の絵を描き、そこに捜査でわかったことを書き加えて、懸命に考える。自分が「考える警官」であるという自覚もある。
 
 著者は2015年に亡くなってしまった。シリーズは全部で11作、訳者の柳澤由美子さんは、未翻訳の2作を訳されているとか。このシリーズの人気は、彼女の名訳にも負うところが大きい。楽しみにしよう。

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(主人公は男性刑事ですが、料理・洗濯・掃除を当たり前のようにこなしながら、捜査に当たっています。また容疑の妥当性をいつも考えており、つかまえればいいというものでもないと思っているらしい。読んでいて、北欧社会に根付く社会正義意識の強さを、感じることがあります)

2018年8月13日 (月)

『リウマチ患者さんのQ&A』(第2版)  日本リウマチ財団  2017.12.22

 この本は春に今の医者に替わったときに、必要で買ったものである。A4版100ページほどのパンフレットのようなものだが、とても役に立った。
 私は20年ほど前からのリウマチ患者で、ずっとMTXとステロイドを飲んできて、それなりに調子はよかった。去年秋の大病をきっかけに病院を替わったところ、新しい医師は「その処方は古い。副作用が心配だ」とおっしゃる。私はあわてて新知識を得ようと、ネットを見たり本を探したりした。なかなかいい本がない。みんな少し古いのである。私は自分に処方されるらしい「新薬」、バイオ製剤について知りたかった。

 この本は去年の末に出て、日本リウマチ財団のホームページに出ている記事が、もとになっているようだ。生物学製剤、つまりバイオ製剤が、もう新薬とは言えないほど普及しているのが、よくわかった。種類も多く、その効き方とか薬価などについて、とてもわかりやすく書いてある。ときに難しい内容もあるのだが、免疫の話はだいたいが面倒なものなので、我慢して読むしかなかった。

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(母が亡くなって疲れが出たのか、今までの薬のエスケープ現象なのか、検査結果が急に悪くなり、抗リウマチ薬がまた替わりました。朝の強張りが少し出て、両肩が痛く、水泳に差支えが出ています。でも見たところは普通らしく、患者を知らない人には、まず全く理解されませんね。家事や外出はできています)

2018年7月 5日 (木)

『太平洋戦争下の学校生活』   岡野薫子  平凡社ライブラリー

 著者は1929年、東京生まれで、女学校生活と太平洋戦争が、ほぼ重なる世代である。亡くなった母より5歳ほど下で、須賀敦子と同い年。戦争の生々しい記憶を抱えて生きてきた、最後の世代と言えるかもしれない。実は著者は私の出た学校の先輩に当たり、月末にその学校の仲間と、この本の読書会をすることになっている。500ページ以上ある大作だが、読み上げなければならない。

 母は終戦までずっと、「この戦争は正しく、勝っている」と思っていたそうである。兄が軍人だったせいもあるだろうが、この本にあるような教育を受けていたら、そう思い込むほうが普通であったろうと感じた。著者は思い出を感傷的に語る人ではない。当時の勅語や詔書、教科書や新聞記事などを豊富に引用し、記述にはかなりの客観性がある。回想にはこんなものも。

個が抹殺され、そのことでかえって得られる安らかさも、ないとはいえなかった

声を揃えて歌う気持ちよさ。きれいな合唱にするには、心を一つにあわあせなくては駄目である。合唱曲としてのこれらの歌(出征兵士を送る歌など)は、"億兆心を一にする”ために、最大限の力を発揮した

 母の姿を思い出すと、この記述には、ほんとうに納得できるものがある。教育は恐ろしいのだ。まだ読み始めたばかりで、感想らしいことも書けないが、いずれ続きを書きたい。母の子供の世代として次の世代に、伝えなければならないことがあるような気がしてきた。

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(今回の読書会では、前半の3分の1が対象なのですが、それでもけっこうあります)





2018年6月 7日 (木)

新版 ステロイドがわかる本『』   宮坂信之・編著

 もっと楽しい本はないのかと言われてしまいそうだが、豊富に時間が残されている身ではないので、必要な本から手にすることになる。
 ステロイドというとすぐに「副作用」という言葉を連想し、顔をしかめる人が多いが、実際にはたいていの人が、一度はお世話になっている薬である。皮膚炎、ぜんそく、花粉症・・・。私は20年近く、リウマチの治療のために飲んできた。最初は5ミリ、のちに3ミリになった。それがこの3月末に、あっという間に終わりになり、それから何となく調子が整わない。たぶん離脱症状なのだろう。痛みは生活の意欲を削ぐ。

 リウマチは最初の1年半くらいは合う薬が見つからず、絶えず全身がきしむように痛んだ。ステロイドが出たときは、副作用は怖かったけれど、痛みで眠れないようなことはなくなり、やはり感謝した。必要なときには必要な薬だと、つくづく思った。

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(患者や家族向きに、ていねいな説明がある本です。こういう本は最新のを買うこと)

 ステロイドは自分の副腎で、毎日作り出されているらしい。それが薬として服用するようになると、副腎がさぼるようになってしまうのだとか。20年も飲んでいたのだから、私の副腎は作り方をすっかり、忘れてしまったのに違いない。70にもなって思い出すのかしら? 医者に聞いたら「時間がかかるかもしれないけど、出るようになる」と。
 わが副腎に、期待するしかないようです。




2018年6月 2日 (土)

『冷凍保存レシピ』   鈴木徹・監/牛尾理恵・料理  朝日新聞出版   

 300種ほどの食材の、冷凍と解凍のテクニックが紹介されている本で、豊富なレシピも載っている。似たような本は多いだろうが、新聞社らしいわかりやすさと、情緒のなさ(!)が私は好きだ。料理は愛情だ、なんていうのは苦手なので・・・。

 下味をつけたり、下茹でをしたほうがいい食材がたくさん出てきて、忙しい一家の料理番や、小人数の家族、昼間出かけると疲れてしまい、夕飯の支度に難儀する私のような高齢者向き。大型本ではないので、本棚でもじゃまにならないのもいい。

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(もうちょっと情緒のある本も読んでいますが、それらはいずれまた)

2018年5月30日 (水)

『医者には絶対書けない幸せな死に方』  たくきよしみつ  講談社+α新書

 シニアには必要な情報が載っている本である。ぎょっとするような題だが、現実がそうなのだからしかたない。著者はデジカメやパソコンの指南書を、わかりやすい上質な文章で書いている人で、福島出身・在住だったが、原発事故で日光に越した。その関係の著書もある。
 見出しをところどころ紹介するだけで、内容が想像できると思う。

死に方の理想と現実
老衰ではなかなか死ねない
「看取り医」を見つける難しさ
癌治療のやめ時と病院からの逃げ時
難しい認知症診断
「別人」になり変わる境界
成年後見制度の恐ろしさ
死に場所としての施設を見つける技術
「主役」の尊厳を軽視する日本の医療・介護現場

 これではたしかに、医者には書けない。
 94歳の母は、自分の希望を語る人ではなかった。私はどうしたらいいのだろう・・・。

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