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2018年1月

2018年1月26日 (金)

団地の大雪

 22日に大雪が降った。都心はもう雪が消えているところが多いのだろうが、ここは埼玉に近い区部の北辺である。団地というのは、建物が大きいから影も大きく、雪がなかなか消えない。ゴミ捨て場に行くのも、足元に気をつけながら、こわごわ歩いている。

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 今朝のうちの庭。霜柱でジャリジャリになっていた。

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 22日午後の庭の様子。雪女が団体で来たみたい……。

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(知人が転んで骨折したという電話が来ました。当分、買い物にも不自由しそうです。皆様もご注意を)








2018年1月21日 (日)

またカワセミ 

 明日は雪だそうなので、今日のうちに買い物を済ませる。帰りに通りかかった池では、カワセミがいた。池の中の木の枝にいる。よくやって来るのだが、いつも同じ鳥かどうかは、わからない。ときどきピピピと鳴いている。今日はカメラ愛好家もいなくて、池の周りは静かだった。

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(コンデジの望遠側、500ミリで。やっとピントが合いました)

『我々はなぜ我々だけなのか』  川端裕人・海部陽介  講談社ブルーバックス

 副題は「アジアから消えた多様な人類たち」。実際の著者は科学ジャーナリストの川端氏で、理論的バックボーンはすべて海部氏。ほんの5万年前までアジアには、ホモサピエンス以外の「人類」が、たくさん住んでいたという、ドキドキするような本である。2003年、インドネシアで小さな人類「フローレス人」が見つかったときの驚きは、私でさえ記憶がある。人類は、猿人→原人→旧人→新人と順番に進化したと、大昔に習ったような気がするが、そんなに単純な話ではないらしい。交雑も充分に考えられるようだ。本の末尾近くにこうある。

ぼくたちの中に彼ら(文中のジャワ原人などを含む)はいて、ぼくたちの一部である。そのような可能性を感じるだけで、自分自身も、ホモ・サピエンスという種も、限りなく開かれた存在に思えてくる

 発掘現場を訪ね、研究室を訪れ、種としての人間とは何かに迷い、これからの人類進化の方向についても考える川端氏の文章は、とてもわかりやすくて、大きな旅に同行するような気持ちになった。

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(表紙の写真はフローレス原人の復元模型)

2018年1月20日 (土)

大寒のシクラメン

 シクラメンは毎年、濡縁に出しっぱなしにしている。このままで5月まで咲き続け、数年は持つのだが、今回は去年の11月に買い替えた。日当たりがいいのが気に入っているのか、大寒の寒気にさらされても平気らしい。
 今回のシクラメンの鉢には、こんな札がついていた。

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 今日はやや「寒すぎ」らしい。シクラメンは、建てつけの悪い家の南向きの廊下が好きで、暖かいマンションの窓辺などは好かないと、聞いたことがある。あまり過保護にしないで、外に出しておいたほうがいいみたいだ。

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(一日おきに水をやり、ときどき花柄摘みをすれば、えんえんと咲き続けます。東京の冬はそんなに寒くないということなんでしょうね)


2018年1月19日 (金)

『藤沢周平 遺された手帳』  遠藤展子  文藝春秋

 著者は藤沢の一人娘で、表紙の題字はその一人息子、つまり藤沢の孫が筆で書いている。著者の生まれた昭和38(1959)年から、練馬区大泉学園に引っ越す昭和51(1976)年までの13年間、藤沢が書き残した4冊の手帳が原資料で、昭和48年に直木賞を受賞し、翌年49年に専業作家となる間の日々を、娘の解説で知ることができ、作家誕生秘話という趣がある。

 自分の作品に辛口だった周平だが、ときにはこんなことも。

〈…人間の不可解さのようなものに触れていて、それが無理に割り切ろうとしていないとこがいいのかもしれない

 その通り。今でも読まれるのは、時代小説として、筋がおもしろいからだけではないのだ。藤沢は70歳になる前に亡くなっているが、老年についても40代からすでに、強く意識する人だった。

豊穣で静かな青春の風景というもの。それは当時はみえず老年になって、はじめてみえてくるものだ

 そして62歳のとき、ある雑誌のインタビューに、こう答えている。

格好よく年をとりたいとかは全然思わなくて、年をとるごとに非常に醜くなっていく、それで結構だと思っています

 年をとって、自分の人生と折り合いをつけるのは難しい。93歳の母のいる老人ホームを訪れるたびに、そう思う。せめて自分の老年を、ひたすら嘆くのではなく、そこそこ受け入れて、ときには友と笑い合いたいものだ。

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2018年1月18日 (木)

メジロ

 うちの庭にはよく鳥が来る。この時期に多いのがヒヨドリとメジロ。どちらも甘党で、ミカンの古くなったのを切って、縁先に置いておくと、かならずやって来る。メジロは小柄なせいか、ヒヨドリが来ると逃げてしまうので、一緒になることはない。今朝はメジロが着て、咲いたばかりのワビスケの蜜を吸っていた。花びらも食べて、縁をギザギザにしてしまうのが困りもの。

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 こちらは少し以前の写真。

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(どちらもコンデジ。画質はよくないけど、すぐに取り出して撮れるのがいいです)




2018年1月13日 (土)

カワセミ

 静かな土曜日、近所を散歩していたら、公園の池にカワセミが来ていた。このところ毎日のように来るようで、大きな望遠レンズをつけた一眼レフを抱えたシニアによく会う。私はスマホほどの大きさのコンデジ、ズームで500ミリになるのを持っていたので、それで撮ってみた。かなりたくさん撮ったが、ほとんどがブレていた。500ミリを手持ちでピントを合わせるのは、三脚がないとすごく難しい。

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三脚もフラッシュも使いません。荷物は最小限、カメラはいつもはRicoh GRで、28ミリしかないので、鳥はとてもとても・・・・・

2018年1月11日 (木)

久しぶりの句会──久女忌

 久しぶりに句会に句を出した。ただし欠席投句。でも点をもらった。

意地張りて杖は拒否する久女の忌〉  こはる

 1月21日は久女忌で、いろいろな句が詠まれている。久女の苦労を思うとこれがいい。

イプセンもノラも杳けし久女の忌〉  水野公子

 杉田久女は1900年生まれ、私の祖母と同じである。亡くなったのは1946年、これは私が生まれた年。だからでもないが、久女は好きである。発想が天翔けるようで、スケールが大きい。ホトトギスを除名されるなど、奇矯な行動もあったらしいが、女性に自由がなかったあの時代に、久女は収まりきれなかったのであろう。
「杉田久女句集」(北九州市立文学館文庫前書きは高浜虚子、後書きは娘の石昌子。もちろん後書きのほうがいい。

谺して山ほととぎすほしいまま〉  杉田久女

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(折り畳みの杖で、脚を怪我したときに使っていました。今はタンスの中です。友人が脚が不具合なのに杖は嫌だと言うもので、これを紹介しました。出先に着いたら畳んで、しまっておけばいいのです。カーボン製でとても軽いです)

2018年1月 6日 (土)

コゲラ

 寒さが続くと、うちの庭にやってくる。『野の花散歩図鑑』(長谷川哲雄・築地書館)の秋冬編によると、

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 ちゃんと撮れなかった。わかりにくくて申しわけない。たしかにあたりには、シジュウカラの群がいた。

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 キツツキは秋の季語。でも冬の裸木にならないと、見つけるのは難しい。この木はリンゴ。ちゃんと実がなります。

啄木鳥の叩く木の音空の音〉   今村七栄

段だらの背中小啄木鳥のまた来る〉   こはる

2018年1月 4日 (木)

母のホーム

 久しぶりに母のいるホームに行ってきた。実に4ヵ月ぶり。でも母は、最近ではいつ私が来たのか、全く覚えていないようだった。4ヵ月前と同じように、ニコニコと喜んでくれただけ。私がしばらく姿を見せないことは、たぶん薄々わかっていたのだろうが、どうしたんだろうとか、変だとは考えていなかったらしい。それもありがたいのかもしれない。

 母のいるホームの玄関には、こんな大きな看板みたいなものが建っている。

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 自由な雰囲気で知られている有料老人ホームで、30年以上の歴史がある。つまり介護保険のないころからあって、2000年の介護保険導入のときには、入居費を大幅に下げた。地元に住む一家の経営で、支店などはない。介護棟と自立棟があり、自立棟は一日中出入り自由、20年ほど前には、ここから仕事に行く入居者もいたと聞く。今は入居者の平均年齢が90歳近くなり、ふつうの介護施設に近づきつつあるようだが・・・。
 母は自立棟に住んで5年になる。自立棟では元気のあるほうでなく、認知症もだんだん進んできている。それでも新年会などの行事には参加、百人一首大会などにも出たとか。
 施設長(女性)にお会いして、新年のご挨拶をしてきた。穏やかで考えの深い人で、この方と夫君の施設社長の人柄が、このホームの雰囲気の良さを支えていると、改めて思った。

 目下、建て替え工事が進んでおり、新しい介護棟が完成していた。ごくふつうのアパートを思わせる造りである。

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2018年1月 1日 (月)

あけましておめでとうございます

 本年もよろしくお願いいたします。近所のホテルのブティックのショーウインドーには、元気なオネエサンが並んで合唱。伝統的なお正月風景ではないのが気に入って、小さなカメラでパチリ。陽気な歌声が聞こえてくる。

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 実はお正月が苦手である。たぶん長かった嫁業の後遺症だろう。だれでもこのように屈託なく、年末年始を楽しめるようであってほしい。昔の憲法なんかを、やたらに懐かしがらないで・・・。

右巻きのねじりパン食ふ年の明け〉   こはる

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