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2017年6月16日 (金)

母のアルバム

 母のホームに行った。母は古いアルバムを持って、ここに入居して6年になった。女学校の卒業アルバムも、ぼろぼろになりかけながら健在で、表紙には「2602年」と小さく印刷してある。いわゆる皇紀なのである。何気な開いたら、こんなページがあってびっくり。

Img_02582_2

 生徒たちの制服姿の写真が続くなかで、突然このページになる。卒業の前年に太平洋戦争が始まっていたのだ。
 こんな写真もあった。

Img_02592

 切り貼りなうえに少しぼんやりして、よくわからないのだが、遠足か修学旅行で伊勢神宮へ行ったのではないだろうか。おそらく1学年全員で横に並んでいる。母に聞いても、もう詳細はわからない。戦争に彩られた学生時代だったのが、アルバム全体から伝わってくる。母は当時を思い出したり、思い出せなかったりだ。存命なうちに聞いておかなければならないことが、まだまだあるような気がする。

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コメント

残される人に最も大切なことで
強く要求されることは
過去の人のナマの話をしっかりと聞いて
正確に記憶のとどめて
次の世紀の人に残し受け継ぐことである
と私はこの頃になって非常に強く感じます

我が家から出てきた古文書のようなものや道具、手紙など
(実際にはほとんどが処分されてから気づいたのですが)
県立博物館に全て寄贈しました

展示に使用されたこともありますが
長い歴史の中で役立つ日を待って保存されるだけかもしれませんけど
記録を残すことは大きな使命であると思います

もちろん 現在のお母様自身の幸せ、生きがいを尊重することは言うまでもなく
どこまで記憶をより戻せるか、
どこまで記憶の話ができる気持ちになれるか
計り知れません

私の母は女学校時代に終戦でしたので、少し年上のようですね
私のような田舎ですら壮絶な日常が繰り返されていたのですから、都会ではそれぞれの都会での壮絶さがあったのでしょうね

母は大正13年生まれです。
懐かしがるのは、戦前の女学校時代ばかりですね。
アルバムが残っているので、それを見ながら思い出話です。
母にとって戦後とは何だったのかしらと、訝しく思うこともあるくらいです。

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