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2017年6月

2017年6月20日 (火)

凌霄花

 ノウゼンカズラと読むのだが、どうしてこんな難しい字を書くのだろう? Wikipeadiaによれば、「(そら)を凌ぐ花」という意味なのだそうだ。そういえば華やかで人目を惹く花である。花の蜜に毒があるというのは、根拠のない風説らしい。夏の終わりに咲く花だと思っていたら、もう咲いていた。

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雨のなき空へのうぜん咲きのぼる〉   長谷川素逝

 天気予報によれば、明日から梅雨空で雨。東京はこのところずっといい天気で、梅雨の実感がなかった。そのうち水不足にならないといいけれど。

2017年6月16日 (金)

母のアルバム

 母のホームに行った。母は古いアルバムを持って、ここに入居して6年になった。女学校の卒業アルバムも、ぼろぼろになりかけながら健在で、表紙には「2602年」と小さく印刷してある。いわゆる皇紀なのである。何気な開いたら、こんなページがあってびっくり。

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 生徒たちの制服姿の写真が続くなかで、突然このページになる。卒業の前年に太平洋戦争が始まっていたのだ。
 こんな写真もあった。

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 切り貼りなうえに少しぼんやりして、よくわからないのだが、遠足か修学旅行で伊勢神宮へ行ったのではないだろうか。おそらく1学年全員で横に並んでいる。母に聞いても、もう詳細はわからない。戦争に彩られた学生時代だったのが、アルバム全体から伝わってくる。母は当時を思い出したり、思い出せなかったりだ。存命なうちに聞いておかなければならないことが、まだまだあるような気がする。

2017年6月14日 (水)

江戸文字講習

 月初めが句会で、月後半が江戸文字講習になっている。場所は徒歩15分のカルチャーセンター、先生は女性の気多恵子さん、テキストは明治の歳時記。ただし形は江戸の版本。つまり手書きではなく、木版である。

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 この4月から新しい人が入ったので、先生はまた初歩に戻ってくださり、ゆっくりと丁寧な説明になった。私は2番目に新しいので、とても助かる。
 ふつう、このような文字は「くずし字」と言われることが多い。また仮名は「変体仮名」ともよく言われ、私の遠い学生時代もそうだった。先生はこういう言い方に抵抗を覚え、それで講座の名を「江戸文字を解読しよう!」にしたのだそうである。生徒は7人くらいで、私よりずっと若い人もかなりいる。先生の話によれば、言葉や文字について関心があるかどうかが、継続の鍵になるのだとか。
 そろそろ予習をしなくちゃ。

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(かなり長く続いている講座で、以前は江戸の往来物も読んでいたそうです。今の歳時記が終われば、また違うテキストになるのでしょう。1年経ちましたが、なかなか読めないまま、でも雰囲気がとてもいいので、毎月楽しみにしています)

2017年6月 7日 (水)

6月の句会

 月初めに句会がある。場所は下町、眼下に隅田川が流れるところである。今回の兼題は「扇風機」、詠み込みは「間」だった。高点句をご紹介する。

もう一滴待つ間の無言新茶かな〉   ちとせ

右に吾左に犬の扇風機〉   久一

目に青葉あっという間の抜歯なり〉  容子

 私は5月に身内の結婚式が突然入り、振り回された1ヶ月で、俳句どころではなかったのが恥ずかしい。点はいくらかいただいたが・・・。

隅田川風に黴雨の匂ひあり〉   こはる

下町の顔役となる立葵〉    こはる

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2017年6月 3日 (土)

紫陽花

 6月は紫陽花。うちの庭にも団地の通路にも咲き始め、色がつき始めている。

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 そろそろ「としまえん」で「あじさい祭り」があるころだ。母のホームの帰りに寄ってみよう。

あぢさゐを旅の途中と思ひけり〉   三船煕子

紫陽花や別れて来たる言一句〉   石田波郷

2017年6月 2日 (金)

『古事記を読みなおす』  三浦佑之  ちくま新書

古事記の続きで、これはバリバリの古事記学者の手になる本。八岐大蛇は出雲を流れる斐伊川になっている。こうした本を読むのは実は初めてに近く、知らないことが多く出てきて、それだけでも興味深かった。
 出雲神話は、どうして古事記にあって、日本書紀にないのだろうというのが、私の最初の素朴な疑問である。私はどうも出雲系の人々の末裔らしいので、気になるのである。

・・・国譲り神話から読めてくるのは、古層として存在した日本海文化圏の崩壊という出来事です。天皇家を中心としたヤマト王権が介入することによって、日本列島に存在したさまざまな交流や交易は、ヤマトを中心とする秩序化された関係に置き換えられていきました

 そうだったのかと深い感慨に浸った。出雲は当時、ヤマトに対抗する最大の勢力であったらしいことは、日本史オンチの私でも知っている。
 また、文学書としての古事記の成立については、

音声によって語られる叙事詩を成長させる前に、外から文字が渡ってきて散文文学が成立してしまった。そのために、芽生えかけた叙事詩は書かれる歴史へと方向を変えてゆく。それが、古事記のような作品を編み出す理由であったのかもしれません

 この後、最終章で、有名な太安万侶の序とは何だったのか、古事記の本当の著者(書き手)は誰だったのか、ダイナミックな推論と提案があり、最後までドキドキする本だった。

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(著者は古代文学研究者で、歴史学者ではありません。私が楽しく読めたのはそのせいかも。でも古事記は日本書紀と並んで、戦前は「国体」を支える本でした。著者はもちろんそれを無視しているわけではなく、視野の広い古代史像を描いていると思います)

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