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2017年3月15日 (水)

『俳句の海に潜る』  中沢新一・小澤實  角川書店

 帯には「俳句はアースダイバーの文芸である」とあって、少し毛色の変わった本である。まだ前半しか読んでいないのだが、中沢節が全開で、彼が好きでない人には、ついて行けないかもしれない。

〈中沢 もしも俳句が時代に添って詠まれていくものであったとしたら、俳句じゃないじゃないですか。俳句は常に、今、ここにいる人間の外に行って、鳥になったり、動物になったり、死者になったりするわけだから。今、ここにある現実の中に一緒になっていって、それを言語化して「サラダ記念日」みたいになったら・・・それは俳句じゃないと思う

 中沢は俳句に潜むアミニズムを強調したいようである。それが現代日本に潜む古代的なものにつながると言いたいらしい。
 かつて村上春樹が、「結局、自分は今の日本を、現代的な都会の日本と、その底に流れる暗い古代を書きたいのだ」という意味のことを、どこかに書いていたが、思わずそれを連想した。もちろん私は中沢も村上も好きである。

〈中沢 和歌と俳句はどこが違うか。和歌は秩序を作る権力と一体で、その原理を壊さないで行われる芸術行為です。ところが俳句は、連歌もそうですが、結社の芸術です。つまり秩序を作っている意識から離脱して、自分の生存条件を限りなく自然に近づけていったところで発生する詩で(後略)、俳句自体が結社、こういう結社性を取り除いたら俳句はないと思います

 これも異論が出そうだ。困ったことに、俳人の小澤實が反論らしいことをしていない。今の結社が権力的でないとは言い切れないような気がするのだが、中沢は現実の結社とは違う次元の話、たとえば集合的無意識などを語りたいのだろうか。対談はここからまた別なところに流れて行く。

P1050776
(中途半端ですが、書評ブログを書くほどの腕はないので、ご勘弁を。続きはもちろん読みます。いずれまた)

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