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2017年1月

2017年1月29日 (日)

『辺界の輝き』  五木寛之・沖浦和光  ちくま文庫

 最近の五木寛之は、歴史家・思想家の趣がある。この本も、海や山で旅に生きた人々の築いた生活と歴史を、仏教思想や差別民問題をからめながら、社会思想史家の沖浦和光と自由に語り合っていて、とてもおもしろかった。五木は北九州の山地の出身、沖浦は瀬戸内の海の出身だそうである。2人の子供のころの思い出を聞くだけでも、日本にもいろいろな社会があったのだとわかる。

 私は東京の市街地で育ったので、山も海もよく知らない。父方は山陰の医者や神主などの一族の出身だが、母方は海を思わせる苗字で、三重の門徒、祖父は僧侶だった。この本を読んで、母方の一族が海に関係があった可能性に、初めて気づいた。海の民には門徒が多いのだそうである。家系図では、男系ばかりたどろうとするから、わからなくなってしまうのだ。

五木 日本社会の差別構造の中で、ともするとわれわれは、単純に「差別する側」と「される側」と二つに考えている。けれども、実際は複雑な重層構造になっていて、差別の鎖というか、そういう絡みあいの中に、今も現実に生きている人たちがいる

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(五木氏には、引き揚げ者だったという思いが、とても強いのだと思います。この本の表紙の写真は瀬戸内海。中扉の次のページには、鞆の浦を歩く著者2人の写真があります)

2017年1月28日 (土)

築地市場駅

 大江戸線の駅は、改札口近くにあたりを象徴するような絵やレリーフなどがある。ここは築地市場駅。浮世絵ふうなのだが、由縁はよくわからない。市場の魚の絵のほうが、ふさわしいような気がする。

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(カメラはガラケー携帯)

 この近くには朝日新聞社があり、10年ほど前まではそこで校正の仕事をしていた。当時はまだこの駅はなくて、銀座経由の通勤だった。今、この駅を通るのは、補聴器店があるからなのだ。補聴器はたびたび調整が必要となる。そんなわけで、春になったらまたここに来るだろう。なぜこのような絵なのか、そのときは調べてみよう。

 難聴は厄介だ。薬も効かず、補聴器も万能にはほど遠い。何より高価で必要な人の手に届かない。難聴の程度に応じて、公的な援助があるといいのだけれど。日本では難聴の人で補聴器を利用する人が、欧米に比べて極端に少ないそうである。これから高齢者はますます増える。聞こえない人だらけになったら、トラブルや事故がすごく増えるんじゃないだろうか。

 それにしても市場はどうなるんでしょうね。

2017年1月20日 (金)

江戸文字で???

 今日は天気が荒れ模様の予報。出かけないで、もうじきある江戸文字講習会の予習をすることにした。テキストは明治初期の歳時記、形は江戸版本だそうである。

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 1行目「山根草 わらびの異名なり」
 2行目「摩耶参 初午に摩耶山に飼馬の無難を祈るなり」

 半年ばかり習っているが、まあ読めないことよ。慣れるしかないのかも。これでも古文書としては極めて易しいほうで、初心者向きの講習なのである。

 おそらく戦前の教育を受けた人たちは、なんでもなく読めるのだろう。大正生まれの私の両親、明治生まれの祖父母などには、なじみの字体だったのかもしれない。身の回りに活字印刷の本しか見かけなくなり、漢字や仮名を文部省が統制するようになってから、私たちは昔の人の書いた文字が読めなくなった。わずか3代前の先祖が残した日記さえ、もう満足に読めないのである。
 去年の秋、文化勲章を受けた中野三敏さんは言っている。「小学生には英語よりも、くずし字読解の基礎を」「かるたでも使って、遊び感覚で、変体仮名を学んでほしい」と。「あ」は一種類ではない。それを知るだけでも、歴史の豊かさを少し味わえるかもしれない。

2017年1月19日 (木)

シクラメン

 わが家のシクラメンは、濡縁に出しっぱなしである。東京区部の北辺なので、ときどき零下になるが、それでも全く平気な様子。5月ごろまで咲き続けるのだ。私はときどき水をやる程度で、何もしないに等しい。
 誰かが書いていた。「シクラメンは日光が好きだけど、暖かすぎるのは大嫌い。建付けの悪い木造住宅の、隙間風が来る縁側が、いちばん向いている」。うちはマンションで、シクラメンにはたぶん暖かすぎる環境だ。そんなわけで、代々のシクラメンは外に出しっぱなしなのである。何年も育てているが、途中で枯れたことはない(夏越えが難しく、数年ごとに買い替えるが)。

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(さて20日、大統領就任式は異例づくめになりそうとか。これからどうなるんでしょう?)

2017年1月11日 (水)

新年会

 句会の新年会があった。会はさっさと終わらせて、みんなの楽しみは「鴨鍋」である。「これが楽しみで、この会に1年通うのだ」と宣う方もいるくらいだ。

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 肝心の句会の高点句の一部。兼題は新年一般、詠込は「工」だった。

聟作る雑煮丸餅鰤仕立〉   蕩遊
北北西ヒッチコックの恵方かな〉   めぐみ
霰降る染工房の江戸小紋〉   こはる

 高点ではなかったが印象深くて、会代表の評価が高かった句。

シースルーエレベーターや春着満つ〉   ちとせ
実朝忌寒冷前線接近中〉   こはる

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(実朝忌は旧1月27日。怪しげな空を見ていて、ふと思いついた句。代表が「好きな句」と言ってくださったのは、何よりのお年玉になりました)


2017年1月 5日 (木)

『つるかめ食堂──60歳からの健康維持レシピ』 ベターホーム出版局

 このところ、出かけると夕方疲れてしまい、食事の支度が億劫になることが続いていた。おまけに食べ過ぎると気分が悪くなる。あきらかに以前より、食べられなくなってきているのである。どうしたものか?

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 よく回らなくなった頭を抱えて、この本の助けを借りることにした。もともと大食ではないので、気をつけるべきは、むしろ低栄養である。しかし私の母はずっと貧栄養だったのに、92歳で自立歩行。人間の体って、どうなっているんだろうかと思うことがある。話が逸れた。

 「おいしければ、一汁一菜でも満足できるものである。二菜目や三菜目が欲しければ、酢の物・和え物・漬け物・煮豆・など、煮炊きしないものにすればいい」(大意

 基本はこれ。誰でもやっていることだ。この本には、昔作っていたものをアレンジすれば、できそうな料理がかなりある。ただ昔のようにバブリーでないだけで、油や内臓などは控えめ、「食べたら動く」なんていう忠告もついている。早速、自分の料理ノートに書き写す(台所の引き出しに、メモ帳が一応あるのです)。「つるかめ」とは、シニアの総称らしい。

(昨晩はおでんでした。25センチの浅鍋にいっぱい作り、2人で完食。出汁は自家製で、合わせ調味料は使いませんでした。うちには○○の素の類がほとんどなくて、娘によく文句を言われます・・・)

 

2017年1月 2日 (月)

新年2日目

 明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いします。

 2日目は娘たちが来るはずだった。準備もしていたのだけれど、風邪を引いたとかでドタキャン。われわれ70代の夫婦が、おせちをせっせと食べなければならなくなった。
 正月早々の話題にはふさわしくないのだけれど、うちの子供には障害があり、長いことサポートされていた。言い換えれば監視されていた。それがしだいに快復して、自立生活ができるようになり、仲間の青年とつい最近、ゴールインしたのである。幸せそうで結構なことだ。
 彼女あるいは彼らは、周囲を見回して判断したり、段取りしたりするのが、ふつうの人には想像できないほど苦手である。また不注意から小さな怪我や病気をよくして、予定をドタキャンすることも多い。だから、KYだとか無神経だとか、非常識・自己チューだとか、よく評される。でも本人たちには、悪意は全くないのである。関係者や家族は振り回されがちで、なかなかたいへんなのだ(現在でも専門家の緩いサポート体制はある)。
 どうか穏やかで静かな一年になりますように。

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(近所のバラ園で。シャコックという名だそうです)

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