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2016年2月23日 (火)

傾聴ボランティア

 先日、ホームの母の部屋に、傾聴ボランティアの実習生(講師は久田恵さん)の方が見えた。母の趣味の墨絵について、いろいろ聞いてもらえることになっていた。母が墨絵を始めたのは40代からで、今から半世紀近く前からのことである。このホームに入る1年ほど前まで、静物や風景などをずっと描いていた。絵の話なら喜んでするのではないかと、周囲の人は予想していた。
 ところが、である。母が熱心に話すのは、戦前の女学生時代のことばかり。臨海学校のこと、伊勢神宮参拝のこと、戦争が始まったこと、勤労奉仕のこと・・・話は戦後にさえならない。夫や子供のことも話そうとしない。中年から始め、あんなに夢中だった墨絵も、「もうやってない」と言うだけ。母の戦後は何だったのだろう、結婚して家庭を持ったことも、忘れてしまったのかしら?
 昨日の句会で、こんな句を出した。舌足らずで、子としての無念の思いが出ていないけれど。

鳥雲に母の戦後はただ一瞬〉  こはる

P1050514
(うちの梅がようやく満開になりました。梅の剪定って難しいですね)



 

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コメント

うちの母も、話すのは子供のころの話。
結婚相手の自分の旦那さんなんて、とっくに記憶にない様子。
我々子供のことも、最近ではわかってないようだ。
人間の記憶の不思議なとこれですね。

このごろ 私も母(85歳)を訪ねて家に帰ることが少し増えたかな
意識して会っておこうと思うのかもしれません

母はむかしの話をしてくれます
私の上に男の子が姉が会って死なかしてますが、その後に男の子があったけど流産したこと
さらに私の5つ下の弟との間に二人の男の子を、8ヶ月と7ヶ月で流産していることなどを
話してくれます

残酷な命の絶える様子などもしますが 私は母が生きていることを染み染みと噛み締めながら同じ話であっても むかしの話を新鮮に聞いて帰ってきます。

新しい世界で行きてゆく練習か準備か まあそんなようにも思えます

話を聞いて帰っては日記に書き留めています
生まれてから一度もしなかった話も多く 脈々と記憶がどこかで生きていたのを感じます

一瞬
例えそうでもあっても とても掛け替えのない時間ですね

記憶の構造って、どうなっているのでしょうね。
私が誰なのかは、まだ充分にわかっているらしいのですが、
何か思い出そうとすると、みんな戦前のことになってしまうようです。
そのうち前後を全部、忘れてしまうのかもしれません。

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