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2016年2月12日 (金)

『増補 日本語が亡びるとき──英語の世紀の中で』  水村美苗 ちくま文庫

 2008年に単行本が出たときは、さまざまな論議を呼ぶベストセラーであった。私はどうも周回遅れの読者らしく、いつも文庫になってから、かつての話題作を読むことになる。 グローバリズムの広がるなかで、日本語はいかにして生き延びるのか、また生き延びる必要があるのかを熱く語った、評論というよりエッセーである。つまり、かなり著者個人の経験によって生まれた「理論」が多いということだ。それでも説得力に満ち、刺激的ですごくおもしろい本だった。初版の単行本は2008年刊。

読まれるべき言葉」を読み継ぐのを教えないことが、究極的には、文化の否定というイデオロギーにつながるのである

日本は戦後50年のあいだ、平和と繁栄と言論の自由を享受しつつ、知らず知らずのうちに自らの手で日本語の「読まれるべき言葉」を読まない世代を育てていったのである。「書き言葉」の本質が読むことにあるのを否定し、ついには教科書から漱石や鷗外を追い出そうとまでしたのである。そして、誰にでも読めるだけでなく、誰にでも書けるような文章を教科書に載せるという馬鹿げたことをするようになったのであった

「読まれるべき言葉」というのは、著者によれば日本の近代文学の古典である。そこから、今や専門家しか読まなくなった本当の古典にも、行き着くことができる、と。私は自分が受けた教育と共通するので、効果があったかどうかは別にして、この意見には実感を持って賛成できるが、そうでない人もかなりいるだろう。
 どうして近代文学を教えなくなったのだろう? もしかして、日本近代について、あまり考えたくないからだったりして。

P1050509
(水村美苗は「続明暗」で有名。今度、読んでみようと思います。夫君は経済学者の岩井克人です)

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コメント

高校を出て良かったと思うことがあります。

それは源氏物語や平家物語などの原文に触れることができたから。
長い時を経て言葉が変化することに驚いたものでした。

戦後は敵国だった国の言葉をやたらと導入し、ナイターとかアポ等々横文字の反乱、そのくせ簡単な英語は出来ない=不思議な現象が起こっていると思います。

そのうち、本著にお目にかかりたいと思います。

世界的に「英語の世紀」なんですね。
日本は今のところ、日本語だけでも、高等教育が受けられる国です。
でも政府は、そんなこと、どうでもいいのかも。
だから「歯舞」も読めない大臣が出てくるんでしょう。
今に国語で古文・漢文が教えられなくなり、
日本史も、ニュー皇国史観が、はびこることになるのかも。

トラックバックをいただいてありがとうございます。

こはるさんの記事を読んで、『日本語が亡びるとき』を読み直していたので、
阿刀田高さんの講演中、いろいろと思い出しました。

まちこさん、ありがとうございます。
私はトラックバックがよくわからないのです。
でも関係あるよと言いたくて、つけてみました。
私もまちこさんの記事は、よく見ています。

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