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2014年8月10日 (日)

校正

 40年以上働いてきたが、もうリタイアして数年になる。後半の20年は書籍の校正をしていた。校正者というと「几帳面なのね」とか「細かいことが気になるんでしょ」といった反応をされることがときどきある。当然ながら異業種の人に多い。でも「几帳面で細かい」からできる校正は、チラシやカタログぐらいまでだろう。1冊の本となると、著者の書き癖から来る文字遣いを見抜き、不要な赤字を避けなければならないし、1冊のなかの用字用語の齟齬や、時代考証に合わない固有名詞(「大坂」と「大阪」など)も摘発しなければならず、そこそこ判断力もいるのである。
 私の会った書籍校正者は皆、たいへんな読書家ばかりだった。そういえばあの渋澤龍彦は有名出版社の校正者だったし、赤川次郎もそうだったはずだ。赤川の本は何冊も校正したが、おどろくほど誤植がなかったという記憶がある。さすが前職! 私自身はもともと編集者だったせいか、細かいことに気がつかず、あまり几帳面でもない・・・。わが適性を疑いつつ、やっと仕事をこなしていた次第。

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(誤植は文の品格を落とし、内容まで疑われます。ブログでも同じ。でも誤植を指摘して感謝されることは、まずないですね。書籍校正は雑誌校正と「棲み分け」ています。どちらも男性も多い。よく新聞広告に「赤ペン1本で主婦の副収入」なんてありますが、プロの世界はそんなものではありません。ここ10年で校正の世界も電子化されたようで、私にはもうよくわからなくなりました。うちには大きな辞書だけが、何冊も残っています)

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コメント

ハイ、気を付けます!

人ごとではないです。トホホ。
リタイアしてよかった。

こんにちは。
社会は狭いもので、わたしの知っているめちゃめちゃたくさんの友だちや同窓生同級生にも、校正という仕事をしていた人はいませんです。
わたしは、興味があって、もしも肌に合うならそういう地味な(と想像する)仕事もできるのであればやってみたいなどと考えたこともあったのですが、一度も対話を交わしたことがなかった。
ネットの知り合いと呼べるのか、こうしてやりとりをしている人にそういう人が存在することが恐ろしく、驚くべきことです。お話の細かい点はお聞きしてただただ頷くだけなのですが、この歳になって社会のトビラが1枚開いたようでそれが嬉しいかも。
(でもそれは、そちらからこちらを見たら同じようなことが言える時もあるかもしれませんね。社会が今頃になって見えてくるなんて。それはそれで、いいのかなとも思いますが)

ねこさん、おはようございます。ていねいなコメント、とてもうれしいです。こういうのをブログのしがいがあると言うのでしょう(^o^)
理系の校正者は少く貴重です。おっしゃるように地味で知識もいるので、若いときからでないと、いい校正者にはなれません。
私は自分の中途半端さに、いつも劣等感がありました。
百科事典編集者だったので、何となくいろいろ知っているだけだったのです。
ねこさんは物理がご専門なようですが、いわゆるサラリーマンとは少し違う風情。
どんなお仕事なのかなあ。
私は2011年にリタイアしました。今は母の介護、障害のある子供の心配、俳句、水泳の日々です。
超優秀な校正者ではありませんでしたが、仕事は存分にしました。後悔はありません。

わたしが文書に日常関わるのは、技術的なものも含めた報告書、企画書などが多いのですが、提出してから間違いに気づくことも多いです。
見なおして丁寧に仕上げようとして何度読み返して、それでも納得行かず諦めて提出して、あとでミスが見つかったりとケースもありました。
一生懸命に書いた文書を操作ミスなどで消滅してしまって、ぐったりして最初から書き直したら、意外といいものになったり簡潔にまとまったり。
様々ですね。文章と付き合うのは難しいですから、それをなりわいとしてこられた事自体がわたしには真似のできないことです。

わたしは工学部で(電気)情報通信ということをやっていましたが、これは高校で習った数学を少し難しくして実応用するようなもので、そういう物の見方が好きなようですが、一番不得意なことでした。にも関わらず制御機器や家電の会社で技術開発をしていまして、これも不得意なことであったのですが、実験物理学的なことや考えは肌に合うらしく(それしかできないともいうけど)45歳ほどまでやっていました。

でも飽きてしまうというか、他のことをやりたい意識が強く(会社をやめて)技術文書の翻訳(英語から日本語)に数年取り組みましたが、収入が安定しないので非常勤職を始めました。これが今の公務で、若い人や学ぶ意識のある人に環境のことを講座したりしながら大気汚染のコンピュータシステムに関わりまして、今でも低空飛行でありながら貧しく暮らしています。定年退職後長生きして働いているような感じであろうかと思っていますが、実年齢が定年者の方よりまだ少し若いので何か新しいことに挑みたいけど、社会のニーズがないので貧困低空飛行のままです。上手に着陸したいとばかり考えています。

お母様やお子様のことに触れておられますが、これらは非常に多様な問題でして、非常に深刻な今の社会のテーマですね。わたしにはもはや社会を動かす余力が残っていないのが悔しいですが、この10年くらいの間に適正に改革しないと社会はますます住みにくいものになっていくでしょう。無我夢中で仕事をしていたころを今になって様々な視点から反省しているこのごろです。(関係ないことをたくさん書いてスミマセン)

ねこさんの現在のお仕事は、何とか私が想像できる範囲のようです。

昔、人類学者にあるテーマで翻訳を依頼しました。パソコンではない時代です。
その方はどういうわけか、原文と完成原稿を、紛失してしまいました。締め切りは目前。
しかたないので、記憶で書き下ろしに急遽変更。
これがすばらしい出来だったのです。もちろん現著者の文を参照したと添えましたが。
ご本人の中でテーマが、ほどよく消化・発展された結果のようでした。
いろいろなことがあるものです。

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