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2014年3月

2014年3月30日 (日)

『古今著聞集──物語の舞台を歩く』 本郷恵子 山川出版社

 『古今著聞集』は中世に生まれた説話集で、エピソード集のようなものである。ひとつひとつの話は、長くて物語りふうのもあれば、尻切れトンボの中途半端もある。原文には、貴族・僧侶はもちろん、盗賊・博打打ちから犬や猿まで出てくる。この本は、古い説話集を中世史家の本郷氏の現代語訳と解説で楽しんでいるうちに、鎌倉から室町に移っていく社会の変遷と、当時の人々の暮らしの変化を感じられるような仕組みになっている。見開きの左ページには本文、右ページには関連のある絵巻物や建物の写真、登場人物の系図などが載っていて、わかりやすい。
 この時代、読み書きするのは、それなりの階層の人だった。でも平安時代の宮廷人と違って、自分たちの暮らしや考え方が、もはや万全でないことを、強く自覚していた。そこがこうした中世文学の、いちばんの魅力なのかもしれない。

・・・正しい唯一の先例があるわけではなく、それぞれの先例は、実際の振る舞いを正当化するための材料にすぎない。『古今著聞集』は、つねに心の風通しをよくしておこうとする、柔軟で成熟した知性の産物であった。その基底には、人間の実存に対する楽観と、自在な諧謔精神が存在していたのである

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2014年3月28日 (金)

自由学園明日館

 池袋に出たついでに寄ってみた。駅から近いのに静かな環境で驚く。桜にはまだ少し早かったが、庭の花壇にはクリスマスローズが満開。

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 建物はフランク・ロイド・ライトと、その弟子の遠藤新の設計で、重要文化財なのだそうである。かつての女学校の感じが残っていて、女子校育ちの私にはどことなく懐かしかった。
 ホールではコーヒーや紅茶が飲める。語らう人が数人。卒業生かしら?

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 建物の中も旧帝国ホテルに似ているのかもしれない。

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 ホールの外観。

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(カメラはMicro 4/3。いいお天気で暖かでした。来週ならば桜が満開だったことでしょう。でも今日は静かでよかったです)

2014年3月25日 (火)

春休みの公園

 今日の東京は晴れて日差しが強く、暑いほどになった。春休みの公園では、お母さんたちが日傘(?)。

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 あちらには連翹、こちらには桜が咲き始めている。

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 足元には蒲公英や烏野豌豆などが咲く。

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(マクロの練習の続き。MFに慣れてきました)

2014年3月23日 (日)

満開の山茱萸

 彼岸の晴れた空に、山茱萸 (サンシュユ)が咲いている。爽快な印象だ。桜はまだ、辛夷・木蓮も蕾状態なので、黄色の花が楽しい。

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 拡大するとこんな感じ。地味な花木だが私は好きで、この時期にはかならずここに来る。

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(「花と緑の相談所」で。上と下の写真ではカメラが違い、上はMicro 4/3のミラーレス一眼、下はコンデジ。撮った日も数日ですが違います。木は同じなのですが、色が違ってしまいました・・・)

2014年3月22日 (土)

マクロの練習 ── ヒヤシンス 

 庭の隅で咲いている。去年の秋に植えたもの。球根はまず失敗することがなく、春には必ず咲いてくれる。

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(Micro 4/3に45ミリマクロ。35ミリフィルム換算で90ミリになります。デジタル一眼はずっと以前からオリンパスで、パナソニックのMicro 4/3も使っていました。これが最近、庭で活躍しています)

2014年3月20日 (木)

春の雨

 ・・・にしては少し寒すぎる。でも都心に出るともう、ダウンコートを着ている人なんていないのだ。桜ももうすぐ。

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(3月初旬、日本橋で。今は半袖姿が立っているかもしれません)

2014年3月18日 (火)

『30分で人生が深まる紅茶術』 磯淵猛 ポプラ社

 変な題の本だと思いながら、紅茶が好きなのでつい手にとってしまった。紅茶の本はビジュアルなものが多いが、これは文章でその魅力を伝えようとしている。硬水・軟水で色が違って出ること、ペットボトルで売られている「名水」のうち、どれが硬水でどれが軟水なのかなど、なかなか楽しめた。わが家に今あるのは、アールグレイとダージリンと平凡。水を替えて入れてみようかな。

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(紅茶やコーヒーは電気ポットのお湯ではなく、ガスで沸かしたのを使うことにしたら、味がすごくよくなりました。ヤカンは大きすぎるので戸棚下段に引退、1リットル容量のステンレスの湯沸かしポットを愛用しています)

2014年3月16日 (日)

庭の梅

 今年は梅の開花が遅かった。もう3月中旬だというのに、やっと満開。

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(Ricoh GXRに50ミリマクロ。MFにして撮ってみたが、50ミリなのでバックがきれいにボケてくれない。機材のコンパクトさと画質、なかなか両立しないもののようです)

2014年3月14日 (金)

マクロの練習

 早春はマクロの出番が多い。それなのにうまく撮れない・・・。今さらのようにMFの練習が必要だと痛感。さえない空の下、ミラーレス一眼に90ミリマクロをつけて、近所の花を撮った。

 チンチョウゲ。これはピントが合わせやすかった。
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 次はオドリコソウ。花の隣りに座り込んで撮った。
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(カメラはPanaのGF1、レンズはマクロ45ミリ。被写体が小さいと、AFではピントが合いません。デジカメのMFになかなか慣れることができず、フォーカスリングをいつまでも回して、しまいに目を白黒させています。フィルムカメラは京セラ・コンタックスだったので、いつもMFだったのですが。歳のせいかしら?)

2014年3月13日 (木)

緑雨の筆跡

 齋藤緑雨が一葉の家に現れたのは明治29年初夏、一葉にはすでに結核の症状が出ていた。それまで一葉宅にたむろしていた「文学界」の青年たちは、やや書生っぽい人が多かったのだが、緑雨は辛辣な批評で知られるプロの文芸評論家である。2人は会ってすぐに意気投合したらしい。

逢へるはただの二度なれど親しみは千年の馴染みにも似たり〉 一葉の日記から

 緑雨は当初、一葉の作品にとても興味を持った。しかし、しだいに一葉自身にも好奇心と好意を持つようになり、結核の進行を心配して、鷗外を介し高名な青山胤通医師に診察を依頼したのは有名な話である。11月の一葉の葬儀では会計・借金の始末に尽力、その後も遺族の面倒をみた。一葉の死の翌年に出た全集(小説)の校訂もした。ほとんど1字の誤植もない見事な出来だったそうである。緑雨は死の間際になっても、一葉の日記原稿を抱えており、親しかった馬場孤蝶に後を頼んでいる。緑雨は一葉に「尽くした」人のひとりだと思う。

 岩波書店の明治文学全集28巻は『齋藤緑雨』である。中扉のすぐ次に緑雨の筆跡の写真がある。一葉の千蔭流の流麗な文字と違って、こちらは何だか愛らしい。

正太夫(緑雨のペンネーム)としは二十九、痩せ姿の面やすご味を帯びて唯口もとにいひ難き愛敬あり〉 一葉の日記から

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(この全集の「樋口一葉」の巻は、よく読みました。一冊にすべてまとまっていて、手に取りやすかったのです)

2014年3月12日 (水)

写真展2014

 昨日から16日まで、練馬区立美術館で写真展。ここは駅に近いせいか、見に来てくださる方が多い。感謝です。

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 私のは下の2枚。どちらも箱根で撮ったもの、カメラはリコーのGXR、レンズは50ミリです。ズームは使いませんでした。

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(少し春らしくなり、撮影散歩に行きたいです。今年の桜はどうなのでしょうね。早いのかしら?

2014年3月 9日 (日)

一葉の日記2

 筑摩版の全集を本棚の奥から出して以来、それを読むことが多くなった。註が詳細で文庫の抄録よりおもしろいのである。ただ、旧かな旧漢字のうえ句読点がなく、行替えすらないので、なかなか進まない。

 日記の公刊は明治45年で、馬場孤蝶が貢献した。日記の価値は早くから認められていたようだが、登場する人物への悪口がかなり書いてあって、刊行に反対する人も多かった。妹の邦子でさえ、部分的に削ってはどうかと言っていたらしい。それを全部そのまま、一句たりとも削除しないことにしたのは、孤蝶の英断。

孤蝶は一葉に日記に、
をしむところは短慮小心 大事のなしがたからん生れなるべけれども 歳はいま二十七 ひとたびおどらば山をもこゆべし
と書かれているのだが、その山を越えたのだろうか。日記の公刊は一葉研究史上、いちばんの大事件だ。

 現在では岩波書店から影印本が出ていて、一葉の筆跡を実際に見ることができる。もっとも私には読めないのだけれど・・・。

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(あと少しで春なのでしょうか。今日も空気が冷たいです)

2014年3月 7日 (金)

佃煮屋

 柳橋のすぐそばで。

達筆で浅蜊旨しと佃煮屋   こはる

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(今日もすごく寒いです。春はまだかしら・・・)

百人一首

 母のいる施設では毎月、百人一首の会を開いている。出席者は20人くらい。テーブルを4卓使って4組の取り札をまくが、1卓には50枚、つまり通常の半分である。100歳近い方も出席され、元気に楽しんでおられる。
 この百人一首は母のもので、戦前の製品。母が娘時代に兄弟や友達に囲まれ、使ったものだそうだ。長い時を経てまた大活躍。

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2014年3月 6日 (木)

万年筆

 これは正確には万年筆ではないらしいが、ボールペンでもなく、サインペンとも違う。ペン先は万年筆そっくりだ。とても書きやすくて滑らか。気に入っている。

冴え返る万年筆の久しぶり  こはる〉

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(晴れているのにとても寒いです。季語の「冴え返る」とは、こういう日を言うのでしょうか?)

2014年3月 5日 (水)

柳橋のカーブ

 月に一度、浅草橋に行く。まだ少し寒かったが、柳橋まで歩く。大きな橋ではないのだが、ドイツの橋をモデルに造られたそうで、深緑の鉄材のカーブがとても美しい。

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2014年3月 2日 (日)

『認知症とは何か』 小澤勲 岩波新書 2005.03刊

 母の介護中なので、必要に迫られて読んだ。母はそれほどひどくない状態だが、施設にいるから平穏に暮らせているのだと思う。検査の結果ではアルツハイマーではなく、脳血管性の認知症である。本人にはまったく自覚がない。
 大きく2部に分かれ、第1部は医学的な説明、第2部は認知症患者の心の世界を描いている。医学的な原因によって、対応がかなり違ってくるそうだから、知識はやはり必要だ。

このことにふれることさえせず、論拠に乏しい予防論を語るのは、もういい加減やめにしていただきたい。そうでなくても、認知症を病むのは本人の心がけが悪かったからだなどという、言われなき非難がまだまったくなくなったわけではないのだ

 言われなき非難の裏返しに、奇妙な賞賛がある。「あの方は絶対ボケない!」という言い方。一方、性格や肩書きなどで、認知症になりやすいかどうか予想するなどというのも、無意味だと思う。私は姑と実母の介護を、近所のホームに託しているが、そこの責任者の方(介護歴20年以上)に言わせても誰でも同じだと言う。認知症になる原因は数え切れないほどあるのだ。
 よく言われるのが「ボケてしまえば本人は楽だ」という台詞だが、これも本当ではないのではなかろうか。たしかにもう反応が鈍く、穏やかな笑顔しか向けない方はかなりいるし、他人(ヘルパーも含む)にはいっそう、そうだろう。失敗をごまかすための愛想笑い・・・。外面を繕う能力は、案外いつまでもあるような気がする。しかしひとりに戻ると、

日々の(記憶の)喪失が重なり、周りの世界から隔絶され、自分がだれであるかさえ分からなくなって、「まったくひとりぼっちになってしまう」恐怖

 私が姑や母から受ける印象は、実はこちらが近い。だからこそ周囲は、支える人がいるのを、本人に伝えなければならないのだと思う。

だからこそ、彼らには世間体などにはとらわれず、失敗してもとがめられない場を用意する必要がある。中略そのような場と関係が作り出せれば、彼らは大変な不自由をかかえていても、生き生きとした、安定した生活を送れるようになる、と私は確信している

 このような場はどこにあるのだろう? 小澤さんは言う。「なんと言ってもこの世は、できる人、金を稼げる人、常識や規範に沿って生きている人だけが尊重される世界である」と。認知症ケアの世界は、今はまだ虚構の世界なのかもしれない。でもこうした世界が、それこそ認知され、増えてくることが、世の中を変える希望につながると思う。

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(認知症ケアの世界は、心身障害者ケアの世界と同じだと感じました。ハンディのある人はひとくくりに「セイフティーネットを完備」して対処し、健康な者で自由で活気ある競争社会を造るというのが、最近の有能な政治家・学者の意見なのでしょうが、私などはへそ曲がりなもので、「魚じゃないよ」と言いたくなりますね)

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