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2014年3月 2日 (日)

『認知症とは何か』 小澤勲 岩波新書 2005.03刊

 母の介護中なので、必要に迫られて読んだ。母はそれほどひどくない状態だが、施設にいるから平穏に暮らせているのだと思う。検査の結果ではアルツハイマーではなく、脳血管性の認知症である。本人にはまったく自覚がない。
 大きく2部に分かれ、第1部は医学的な説明、第2部は認知症患者の心の世界を描いている。医学的な原因によって、対応がかなり違ってくるそうだから、知識はやはり必要だ。

このことにふれることさえせず、論拠に乏しい予防論を語るのは、もういい加減やめにしていただきたい。そうでなくても、認知症を病むのは本人の心がけが悪かったからだなどという、言われなき非難がまだまったくなくなったわけではないのだ

 言われなき非難の裏返しに、奇妙な賞賛がある。「あの方は絶対ボケない!」という言い方。一方、性格や肩書きなどで、認知症になりやすいかどうか予想するなどというのも、無意味だと思う。私は姑と実母の介護を、近所のホームに託しているが、そこの責任者の方(介護歴20年以上)に言わせても誰でも同じだと言う。認知症になる原因は数え切れないほどあるのだ。
 よく言われるのが「ボケてしまえば本人は楽だ」という台詞だが、これも本当ではないのではなかろうか。たしかにもう反応が鈍く、穏やかな笑顔しか向けない方はかなりいるし、他人(ヘルパーも含む)にはいっそう、そうだろう。失敗をごまかすための愛想笑い・・・。外面を繕う能力は、案外いつまでもあるような気がする。しかしひとりに戻ると、

日々の(記憶の)喪失が重なり、周りの世界から隔絶され、自分がだれであるかさえ分からなくなって、「まったくひとりぼっちになってしまう」恐怖

 私が姑や母から受ける印象は、実はこちらが近い。だからこそ周囲は、支える人がいるのを、本人に伝えなければならないのだと思う。

だからこそ、彼らには世間体などにはとらわれず、失敗してもとがめられない場を用意する必要がある。中略そのような場と関係が作り出せれば、彼らは大変な不自由をかかえていても、生き生きとした、安定した生活を送れるようになる、と私は確信している

 このような場はどこにあるのだろう? 小澤さんは言う。「なんと言ってもこの世は、できる人、金を稼げる人、常識や規範に沿って生きている人だけが尊重される世界である」と。認知症ケアの世界は、今はまだ虚構の世界なのかもしれない。でもこうした世界が、それこそ認知され、増えてくることが、世の中を変える希望につながると思う。

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(認知症ケアの世界は、心身障害者ケアの世界と同じだと感じました。ハンディのある人はひとくくりに「セイフティーネットを完備」して対処し、健康な者で自由で活気ある競争社会を造るというのが、最近の有能な政治家・学者の意見なのでしょうが、私などはへそ曲がりなもので、「魚じゃないよ」と言いたくなりますね)

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コメント

初めまして。

私の母も初期のアルツハイマーです。
物忘れ・入浴しない・一度に二つの事は無理。

この書籍、読んでみます。

miさん、こちらこそ初めまして。字だらけのところを読んでいただき、とてもうれしいです。
著者の小澤氏は故人です。この本を書かれたとき、すでに癌の末期でした。
死をも見据えた、洞察に満ちた本だと思います。

益々、興味深いです。

著者が頭だけで思考したのではなく、自らの命と向き合って書かれたものなんですね!

2006年の刊行です。もっと新しい情報の本はあるでしょうね。
でもこれはいい本で、いろいろな意味で力づけられます。

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