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2013年8月25日 (日)

『古山高麗雄 二十三の戦争短編小説』 古山高麗雄 文春文庫

 大正生まれと戦争の記憶

 作者は1920年、つまり大正9年の生まれで、私の両親とほぼ同じ世代である。太平洋戦争の戦死者は300万人にも上るそうだが、その実に3分の2が大正生まれだと聞いたことがある。大正13年生まれの母も、戦争の記憶が何よりも鮮烈なようだ。母の父は戦前、大陸で広く商売をしていたいわゆる「政商」で、蒋介石の知り合いでもあった。長男を海軍将校にし、次男を北京大学に入れて自分の後継者にするつもりだった。この人、つまり私の祖父は「共産中国」と「台湾」には、ずっと複雑な思いを抱いていて、晩年に至るまで勉強を怠らなかった(1979年に死去)。
 話が逸れすぎた。この短編集は、万年一等兵だった古山が、ビルマ・ベトナム・マレー半島・フィリピンなどを転戦したときの記憶と、生き延びた元兵士の思いを紡いだ、600ページもある文庫本である。1969年から95年までの間に書かれたもので、軍隊生活の追憶だけではなく、戦争の記憶が風化する中で歳を重ねる元兵士の姿が、ユーモアのある端正な文章で描かれ、胸をつかれる。

私は脱走もできず、自殺もできないので、せめて見つかれば私刑を加えられる程度の違反をたのしんだのかも知れない。(中略)人はいつも、やれることをやるだけであって、あれが私にやれることの限界だったのだ〉 (「退散じゃ」から)

 軍人勅諭も軍規も、満足に覚えようとしなかった元一等兵の回顧。体力がなく、何をやっても聯隊ではビリだった。そうした蟻のような兵士に混じって、朝鮮や台湾出身の兵士の姿も、ちらほら見える。

あなたから手紙をいただいて、またまた私は過去を思い出しました。ろくに何も知らずに、ただウロウロと生きのびた戦争中のことを〉 (「過去」から)

 戦中に青春時代を送った大正生まれの人々が、今どんどん消えつつある。その子供の世代である私たち団塊の世代は、何を伝えていけばいいのだろうか?

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私は戦後の生まれですが、母や祖父・伯父たちの姿に、昔から感じることがあって、戦争関連の本がとても気になります

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