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2010年12月

2010年12月31日 (金)

『本郷界隈』  司馬遼太郎 朝日文庫

 本郷には縁があって、若いころ仕事で何回も訪れた。そのころは大きな病院があることさえ知らなかった。当時と比べて、地下鉄丸の内線・本郷三丁目駅を出たあたりは、驚くほど変わっていないような気がする。
 司馬が週刊朝日にこれを連載していたのは、1991年8月から92年2月。東大の前身・加賀屋敷から話を始め、見返り坂、根津神社、岩崎邸、湯島天神、菊坂などを歩き、最後は三四郎池で終わる。文学散歩ではないので、加賀屋敷や水戸藩邸関連の人々や、明治のお雇い外国人などもたくさん出てくるが、場所柄ゆえ漱石・鴎外・一葉の話も多く、本郷を語ってこれほど詳しく豊かな本は、ほかにないかもしれないと思った。私は司馬ファンにはほど遠いのだが、この「街道をゆく」シリーズは好きである。

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(これは旧版。今は新装版が出ている)

 今日は大晦日。この1年、ブログを見ていただき、ありがとうございました。

2010年12月30日 (木)

灯り

 今年の大掃除は人任せ。とくに高いところは全然いけません・・・。こんな灯りがあると楽しいのになあ。

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(Ricoh GRDⅡ 東京都庭園美術館。金平糖のようで、おいしそう♪)

2010年12月27日 (月)

カラスウリの実

 柳橋にて。後ろは船宿で、道路の縁に植えられている。

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(去年の撮影。うちの近所では見かけません。歩き回れるようになったら、探したいものの一つです)

2010年12月25日 (土)

『きもの草子』 田中優子 ちくま文庫

 著者の着物遍歴を語りながら、アジアの染織文化の中に日本の着物を位置づける、楽しく美しい文庫本。縞も花柄も、アジアから渡ってきたのがよくわかる。

総じて日本の布は、中世までは中国の影響が強く、それ以後はインド・東南アジアの影響が強くなる。その結果、着物の布は、東南アジア各地の布にとてもよく似ている。着物はアジアの民族衣装の一ジャンルであり、日本の布はアジアの布のひとつなのだ

 私は着物を着ないが、祖母はいつも着物だったし、母も授業参観などには着物姿だった。もう少し普段の生活に、アジアの布があってもいいなと思うのだが、今の自分の格好(パンツにセーターの類)に、エスニックな布はどうにも合わせにくく、文字通りとってつけたようになってしまう。写真に写っているのはカンボジア絹絣のショールで、私のわずかに持っている「アジアの布」の1枚。カイガラムシの一種から抽出した赤紫色が、気に入っている。

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(小さなワープロ専用機・ポメラで書きました。なるほど便利です♪ ポメラと文庫本は、ほぼ同じ大きさですね)

2010年12月22日 (水)

また本郷

 本郷通りの漢方薬局。あたりに漂う強いにおいが、伝えられなくて残念です。

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(Ricoh GRDⅡ 漢方愛用者ではないです、念のため。この先に赤門があります)

2010年12月20日 (月)

階段はちょっと・・・

 階段が苦手なのは、私だけではないようです。

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2010年12月17日 (金)

イルミネーションの季節

 東京・表参道。今年もたぶん、このような眺めだと思うのだが・・・。

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(Olympus E-420。赤いビルはDior。去年の暮に撮りました。平日でしたが、たいへんな人出にびっくり)

2010年12月15日 (水)

沈思黙考

 深川の民芸店で。どこから来て、何を想っているのだろう?

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2010年12月14日 (火)

ヤイトバナの実

 別名ヘクソカズラで、こっちのほうが有名。葉をもむと臭いらしい。団地の草取りで、だいたい取られてしまうのだが、小学校の塀の隅に実が残っていた。花も実も、よくみるとかわいい。

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2010年12月11日 (土)

川を見下ろす

 前回と同じときに、墨田区役所のてっぺんから撮った隅田川。画面中央は言問橋、その向こうは歩行者専用の桜橋。

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(築地のビルに10年余り通勤したことがあり、屋上からよく隅田川を眺めていました。典型的な山手育ちなのに、このあたりを散歩したくなるのは、その記憶があるからだと思います)

2010年12月10日 (金)

川辺の光景

 隅田川のほとりを歩く。もうすぐ浅草です。

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(コンデジのLX3 撮影は去年の12月8日。デジカメは記録が残るから便利!)

2010年12月 8日 (水)

冬支度

 今朝は東京も寒かった。広場の真ん中にあるコナラも冬支度。

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(Ricoh GRDⅡ 根本は一本です。大きな木を見ると、気持ちが晴れ晴れします)

 

2010年12月 7日 (火)

キンカン

 今年はこれだけ。花は初夏だけでなく、秋にも咲いていたのだけれど。

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2010年12月 6日 (月)

『夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです』 村上春樹 文藝春秋

 帯にあるように、村上春樹自身が語る村上春樹の世界。村上はちょっと以前まで、いろいろなエッセーをかなり書いていて、そこには創作にまつわる話も多かった。何がヒントになったとか、この短編が後に長編になったとか。彼には企業秘密というのものがないらしく、開けっぴろげでとてもおもしろかったものだ。最近どうして書かないのだろうかと思っていたら、この500ページを超すインタビュー集に、こんな文章があった。

〈僕にとって翻訳をやれるというのはとてもありがたいことです。というのは、生活のためにエッセイを書かなくていいわけだから。(中略)小説家にとって、エッセイをたくさん書くというのは、あまりいいことではないと僕は思うんですよ。それだけ抽斗が少なくなっちゃうわけだから〉

 そうか、あれは生活のためだったんだ。かなり納得。

〈自分がここにいる存在意味なんて、ほとんどどこにもないわけだから。タマネギの皮むきと同じことです。一貫した自己なんてどこにもないんです。でも物語という文脈を取れば、自己表現しなくてもいいんですよ。物語がかわって表現するから。僕が小説を書く意味は、それなんです〉

 村上春樹の物語を操る力というか、ストーリー・テラーとしての才能は、すごいものだとずっと思ってきた。イメージをリアルに語ろうとすればするほど、リアルでなくなる物語の数々。マジック・リアリズムなんていう言葉に、この本で初めて遭遇した。

〈最初から日本人がどういう風にこの世界で生きているかということに興味があるんですね。(中略)日本人的ななものというか日本的なものに興味があるんです。(中略)離れよう離れようと思いながら離れられない部分ということに。それは何かといえば、やっぱり日本における一種独特な前近代性みたいなものじゃないかなあ〉

 あの村上がなあ、と思う人もいそうな発言だけれど、日本語で書く以上、日本人のメンタリティに興味があって当然なのだ。それは偏狭なナショナリズムとは全然違う。私もそうだったが、若いころには疎ましくさえあった「日本的」なるもの。それを描きたいという感じは、一見無国籍ふうに見える彼の作品から、いつも漂ってきたし、『ねじまき鳥クロニクル』以降は、いっそうはっきりしてきたように思う。このインタビュー集に副題をつけるとしたら、「日本語で書くということ」かもしれない。

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2010年12月 5日 (日)

昭和記念公園の子供たち 2

 前回と同じ時に撮ったもの。ここは子供たちのためのジャンピング・スポットである。

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(E-420にパナライカの28~300ミリズーム。このセットで約1キロの重さになり、私の持って歩き回れる限界です)

2010年12月 4日 (土)

昭和記念公園の子供たち 1

 降り積もった銀杏の葉の中にもぐりこんで、何を話しているのだろう?

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 そばではこんな騒ぎが・・・。

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(今年の写真ではありません。ご容赦を)

2010年12月 3日 (金)

風に乗って

 午後2時。東京はひどい強風で、いつもは静かな団地の樹々も騒がしい。これでかなり、落葉してしまうのだろうなあ。

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2010年12月 1日 (水)

本郷

 本郷三丁目の「かねやす」には、こんな看板がかかっている。江戸時代は、ここまで黒壁に瓦屋根の家が続いていたそうで、それで「江戸の内」なのだとか。現在は、しゃれたブラウスなどを置く洋品店だが、一葉が買い物をした明治のころは、小間物屋だっ たと聞く。

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 近くの大学は、もと前田藩上屋敷。広い構内は銀杏が美しく、子供が遊んでいた。

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(Ricoh GRDⅡ 夕方近かったので青みがかってしまいました。この近くで膝の治療をすることになりました。本郷にはほかにも、一葉ゆかりの場所があって、ゆっくり行ってみたいのですが、今は難しい。春以降のお楽しみにとっておきます)

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