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2010年10月10日 (日)

『母の声、川の匂い』 川田順造 筑摩書房

 副題に「ある幼時と未生以前をめぐる断想」とあって、文化人類学者・川田順造の自伝的エッセー集である。この人の本は好きで、今までもときどき読んできたが、みんなアフリカの話で、故郷が東京・深川の米問屋だったとは、全く知らなかった。

 なぜアフリカを研究するようになったかと訊ねられたとき、自分の属している文化からできるだけへだたっているようにみえるところへ行きたかったから、と答えてしまうのだが・・・(後略)

 その後は私は一度も深川に戻って住んだことがない。(中略)何度目かのアフリカ滞在から戻ったとき、やはり八月だったが、自分の生まれた土地に行って、そこにいまも生きている人たちと、口をきいてみたい思いに無性にかられた。外なる異境を同化しようとさんざん骨折ったあとで、今度は内なる異境を対象化してみたかったのかも知れない。

 深川は江戸時代から、洪水・火事などのためによく建て替えが行われ、よそから流入する人も多く、開放的な雰囲気があって、ちょっとコスモポリタン的な、そしてちょっとニヒルな、それでいて人なつっこい社会関係が生まれたと、川田氏は書く。
 その後の深川は、大震災・戦災をきっかけに、多くの住人が郊外に引っ越していった。実は夫の両親もそうであり、私の結婚後の本籍は江東区にある。山手育ちの私は亡き姑から本所・深川の話をよく聞いた。懐かしそうでもあり、もう戻るのはまっぴらというふうでもあった。この本を読むと、亡くなった夫の両親の生きた戦前の深川が、生き生きと姿を現すような気がする。そして自分にはそういう「故郷」と呼べる場所がないのが、少し寂しく感じられる。

P1010261

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コメント

学生時代の友人はおじいさんの時代に佃島に移り住んだ根っからの下町育ちですが
懐かしくもあり、しかし戻るのはまっぴらだそうで、したがって下町と山の手の接する
あたりを転々と移り住んで、いまは千駄木にいます。私の娘は学生時代に大塚に下宿し
以来そこから離れられずに大塚のなかで3回引っ越しを繰り返しています。下町の魅力ってなんなんでしょうね。根無し草の私にはよくわからないものがります。

下町を訪れると、正直申して「エキゾチック」な感じがします。私は目黒で育ったので、下町情緒には、とんと疎いのです。写真もびっくりして撮っていることが多い。下町は江戸の町人文化の伝統を引いているのだと、川田氏は書かれているのですが。

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