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2017年11月22日 (水)

ケヤキ

 ケヤキも紅葉する。今はモミジが真っ赤で、そればかりもてはやされるけれど、ケヤキも美しいのである。

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 ケヤキは昔から、武蔵野のシンボルと言われてきた。私の住む団地にも大木がたくさんある。もうじき葉が枯れてしまい、裸木に細い枝が空に広がって、箒を逆さにしたような姿になってしまうけれど。

(うちの近所。リコーGRで2年前に撮ったものです)

2017年11月18日 (土)

ミキサー

 商品名には「ミニブレンダー」とあるが、ミキサーとして使っている。高さ25センチ、直径8センチ、350ccでジュース2人分がやっと。台所で場所を取らないのが、いいところかもしれない。
 実はジューサーもミキサーも使ったことがなかった。かさばるし掃除は面倒そうだし、うちは夫婦とも歯がよかったので。私が腸の病気をして食生活を見直す気分になり、これは夫がネットで見つけたものである。2人でさっそく、リンゴジュースを作ってみた。何だか理科の実験のような気がした。もちろんおいしい。果物の消費が増えるかも。

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(腹6~7分目で、食べ過ぎは禁物、朝昼の食事を充実させ、夜を軽くするのがいいそうです。ジュースは間食用)

2017年11月15日 (水)

『中国文学の愉しき世界』  井波律子  岩波現代文庫

 近所の本屋で何となく買ってしまった本。ソファに寝そべりながら、たちまち読んでしまった。中国史上の奇人、奇想小説の紹介などのほかに、若いころからの学びの遍歴も書かれていて、ほぼ同世代の私にはそれもおもしろかった。師の吉川幸次郎や作家の高橋和巳の思い出も出てくる。

 半世紀ほど前、井波律子は京都大学で、第一外国語にフランス語を選び、同級生の多くは仏文に進んだそうである。でも井波は中文。「中国のほうが広くて歴史がある。文芸も豊かで多様に違いない」と思ったからだというから、1965年前後の女子大生として、すごい判断だ。今でも通用する正しさだと思うが、当時の京大文学部の中文には、それだけの魅力があったのだろう。

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(井波律子は、過度に漢文調でない普通の文章語で、中国文学の世界を門外漢に語ってくれるすてきな人です。岩波新書の『中国の五大小説』(上下2冊)も、すごくおもしろかった記憶があります)



2017年11月12日 (日)

買い物

 団地は銀杏の黄葉の盛り。銀杏並木を通って、駅の近くのスーパーまで買い物に行った。久しぶりである。片道15分くらい。

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 もうクリスマスの飾りつけをしていた。でも例年より地味な感じがする。

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 9月の初めからほとんど外出できなかったので、浦島太郎の気分がした。スパーも品物の置き場所が、微妙に違っていたりして、はて、あれは何階にあったっけ、などと考えてしまった。しばらく重いものは持てないが、とりあえず普通に暮らせるのが、この上なくありがたいことだと思っている。




2017年11月 5日 (日)

『もうレシピ本はいらない』  稲垣えみ子  マガジンハウス

入院先の病院にあった週刊誌の書評に載っていて、興味を惹かれた。副題は「人生を救う最強の食卓」。基本的にご飯に汁もののシンプルな食事の提案で、土井善晴の『一汁一菜でよいという提案』(グラフィック社)に似た内容かもしれない。
 筆者の高齢になった母が、得意だったはずの料理を嫌がるようになったというのが、執筆のきっかけだったようである。たしかに、「凝った料理か宅配弁当か」の2種類しかない調理人生は、強迫的で悲惨ですらある。どうしたら楽に自然に、好みのものが食べられるのか? これが解決できれば、シニアの人生は大きく自由になるではないか。そのためのヒントがたくさん詰まった本である。ときに笑えて、なかなかいい。

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現代の世の中はどうも2種類の人に分かれているのだ。
一つは毎日キラキラした料理を頑張って作り続ける人たち。
もう一つは、もう料理なんかしたくないという人たち。
 私がこの本で伝えたかったのは、このどちらでもない、第三の道があるんじゃないかということだ
「エピローグ」より

2017年11月 4日 (土)

黄葉

 毎朝、散歩することにしている。近所の銀杏が色づいてきた。いち早く黄色くなる樹と、いつまでも青葉のままなのとがあって、どうしてなのかなあと思ってしまう。ここは毎年、早くから色づくところ。ちょっとした広場で、子供がいつもボール遊びをしている。

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(iPod touchで撮影。まだふつうのカメラが持てません。退院して2週間たっていないので、30分やそこいらは歩き続けられるが、あまり長くは無理。そろそろ買い物にも行きたいと思っているのですが、なかなか元のようになれません)

2017年10月31日 (火)

土鍋 

 大腸の手術をしたのだが、その後の食事制限は全くなかった。もっとも術後2日目は流動食、翌日は五分粥、翌々日は全粥という順序はあったが、おかずはあっという間にふつうになってしまい、蒟蒻やきのこ類まで出たくらいである。食事のたいへんおいしい病院で、これには感謝している。
 退院のときも「食べ過ぎなければ、何でもいいんですよ」。でもお粥に慣れてしまい、今でも毎食ではないが、主食だけこの土鍋で炊いている。ころんとした形の小さな一人用土鍋。しばらく世話になりそうだ。

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2017年10月30日 (月)

藤沢周平と須賀敦子

 大きな病気で手術、退院して1週間である。こうしてパソコンに向かえるのが、不思議な気さえする。
 入院中は藤沢周平を読んでいた。暗い話が多いのに、病気でもなんでも、生きていていいのだという気持ちになれた。須賀敦子にも同じような感想を持つ。

 藤沢周平と須賀敦子、まるで関係ないようだが、実は接点がある。1997年1月の国立国際医療センター。2人はここに入院していた。知っていたのは須賀敦子だけで、違う階に藤沢がいることを友人への手紙に書いている。1月末に藤沢は亡くなり、須賀は同年6月にいったん退院、秋に再入院して翌年3月に亡くなった。2人とも60代末だった。今の私より若いのだ。

 藤沢周平は江戸時代を書いたのではなく、須賀敦子もイタリアを書いたのではないような気がしてならない。そうでなければ、死後20年を経た今でも、読者に生きる力を与え続けることはなかっただろうと、病後のボンヤリした頭で考えた。

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(近くのローズガーデン。まだ行かれませんが、もうじきでしょう。今日は風が強いですね)


2017年9月 7日 (木)

体調不良のため、少しお休みします

 10月初旬に更新できるように努めます。
 寝転んで読むのは、もっぱら藤沢周平です・・・。

2017年8月21日 (月)

『免疫の意味論』  多田富雄  青土社

 20年ほど前に出た免疫の名著。そのころ私は、関節リウマチを発症したばかりで、免疫について知りたくて読んだ。とてもおもしろかった記憶があるが、理系ではないのでよく理解できないことも多かった(今でもそうです…)。
 20年たって、また読み始めたのには理由がある。私のリウマチはよくなったが、なぜか周囲にシニアの患者が、何人も出てきたのである。原因はいまだに不明なはずだが、どうしたというのだろう。
 この本は免疫をかなり巨視的に描いたもので、○○病の治療のような話は、ほとんど出てこない。また20年の歳月の間に新たな発見があって、どこかに加筆訂正が必要な可能性もあるのかもしれない。それでも免疫が、「自己」と「非自己」を峻別するシステムであることには、変わりないだろう。

〈…そもそも「自己」とは何なのか。これほど神経質なまでに「自己」と「非自己」を区別する必要が本当にあったのだろうか。「自己」と「非自己」を区別するような能力は、どこで何が決めているのだろうか。その能力に破綻が生じた場合何が起こるのか。「非自己」の侵入に対して、「自己」はいかなる挙動を示すのか。
 こうした問題こそ、現代免疫学がいま解析の対象としている問題である。分子や遺伝子を扱う現代生命科学の最前線にいるにしては、ずいぶん大ざっぱで、ほとんど形而上学的な問題ではないか

 病気であろうとなかろうと、理系であろうと文系であろうと、生きている以上、心惹かれるテーマと言えるのではないだろうか。

 老化、アレルギー、エイズ、癌、自己免疫疾患についても、それぞれ1章が与えられているが、こうすれば治るとかいう話ではないので、免疫の精緻なシステムについて深い驚きを感じながら、また著者の明晰で馥郁たる文章に導かれながら、やっとの思いで読んでいる。

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(著者は2010年に惜しまれながら亡くなりました。2001年に脳梗塞で倒れ声を失い、右半身不随になりましたが、文筆活動は旺盛なままでした。リハビリ期間を限るとした厚生省に、激しく抗議し反対運動をしたことは有名です)

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